大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第105号− 2012年5月31日発行


大気中に存在する亜硝酸の生体影響について

 大気中にはいくつかの窒素酸化物(NOxと総称、主なものはNO 2とNO)が存在します。そのNOxのうち、二酸化窒素(NO 2)は、日本では1973年に大気汚染防止法で規制されました。現在のNO 2の基準値は「1時間値の1日平均値が0.04ppm(濃度の単位:百万分の1)から0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること。」となっています。NO 2が規制されている理由は、NO 2は毒性が強く疫学調査で喘息との関連性が認められているからです。例えば、動物実験では10ppmのNO 2曝露で肺に強い傷害性が認められますし、疫学調査ではNO 2濃度が0.1ppm程度になるとぜん息発作で救急外来を受診することなどが報告されています(米国ではこれらの疫学調査結果を重視し、2010年に「1時間値0.1ppm」の新たなNO 2の基準が設定されました)。しかし、0.1ppm程度のNO 2を実験動物に曝露しても、生体影響はほとんど認められず、動物実験では環境濃度レベルのNO 2の生体影響は強くないという矛盾が以前から知られています。

 一方、NO 2の測定法では大気中の亜硝酸(分子式:HNO 2)もNO 2として誤検出されることが1980年に報告されました。しかし、NO 2の測定法は変更されていませんので、NO 2測定値の数%程度は亜硝酸であると考えておく必要があります。また、場合によってはNO 2測定値の20〜30%が亜硝酸のときもあります。

 亜硝酸の生体影響に関しては、人体吸入実験では、0.65ppmの亜硝酸を軽度の喘息患者に3時間吸入させ、呼吸器の軽度の刺激性症状を報告した論文と、健常人に0.395ppmの亜硝酸を3.5時間吸入させ、気道の空気の流れやすさが約10%低下したことを報告した論文があります(共に1995年に発表)。また、室内のNO 2と亜硝酸を正確に測定した疫学調査では、NO 2より亜硝酸が肺機能の低下や呼吸器症状と関連することが示され、「従来の研究で示されている二酸化窒素と喘息との関連は、亜硝酸によるものだった」と考察されています(2005年に発表)。

 動物実験では、3.6ppmの亜硝酸をモルモットに4週間曝露し、その生体影響を調べた我々の実験で、世界で初めて亜硝酸が肺気腫(喘息患者で起きる病状)のような変化を起こすことを報告しました(2010年に発表:参照公衛研ニュース第43号)。その後、我々は、亜硝酸がどの程度の低さの濃度までその影響を示すのか調べるため、1.7、0.4、0.1、0.0ppmの亜硝酸をモルモットに曝露した結果、亜硝酸濃度に依存して体重の増加抑制が認められ(図1.)、かつ、0.1ppm以上の亜硝酸曝露で肺気腫のような変化が起きることが認められました(図2.)。なお、室内空気を活性炭やアルカリや細菌を除去するフィルターに通気し、浄化した空気に亜硝酸を添加して動物曝露実験用ガスを作製しました。0.0ppmは亜硝酸を添加していません。


  


 つまり、動物曝露実験では、0.1ppmの濃度では明らかにNO 2より亜硝酸の方が生体影響は強いです。
 世界保健機関(WHO)では一日の許容摂取量を決めるには、最大無毒性量に安全係数をかける方法を採用しています。安全係数には通常100が用いられます。我々の動物実験の結果から亜硝酸の最大無毒性量(濃度)は0.1ppmより低いと考えられますが、仮に最大無毒性量(濃度)を0.1ppmとした場合でも、許容摂取量(濃度)は0.001ppmとなります。大気環境中の亜硝酸濃度は0.002ppm程度になるときがありますので、大気中の亜硝酸が健康被害を起こさないか検討する必要性があると思われます。

 現在では大気汚染関連の日本の研究者の間では亜硝酸の喘息影響は検討課題だという認識が持たれるようになってきています。また、海外から我々に送られるメールから、亜硝酸の生体影響への関心は国際的にも高まってきていると思われます。動物曝露実験設備を持つ研究機関は日本では10施設もありませんし、環境中の亜硝酸濃度の測定も困難ですので、亜硝酸の生体影響を示す報告はまだ少ないのが現状です。今後も我々が率先して亜硝酸の生体影響に関する研究を進めていきたいと考えています。

(生活環境課 大山 正幸)


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