大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第106号− 2012年6月29日発行


腸炎ビブリオ食中毒はなぜ減少したのか?

 腸炎ビブリオは海に棲んでいる細菌です。この菌の中には、人に下痢などの症状を引き起こす能力を持つものが一部存在し、それが付着・増殖した食品を食べると食中毒が起こる場合があります。日本では、お刺身やお寿司など、魚介類を生のままで食べる習慣があるため、1980年代までは腸炎ビブリオによる食中毒の発生件数は、細菌による食中毒事件のおよそ半数を占めていました。しかし、ここ数年、腸炎ビブリオによる食中毒の発生は激減しています(図1、2006年からは年間の発生件数が100件を下回り、2011年の発生件数は、これまでで最も少なく9件のみでした!)。どうして、腸炎ビブリオ食中毒は減少したのでしょうか?

 

 腸炎ビブリオ食中毒の発生が減少した理由のひとつとして、2001年に食品衛生法が一部改正され、腸炎ビブリオ食中毒の原因となりやすい生食用の鮮魚介類、むき身の生食用かき、ゆでだこ、ゆでがになどの食品に対して、新たに「腸炎ビブリオの規格基準」が設けられたことが考えられます。この規格基準では、「保存基準」、「加工基準」、「成分規格」がそれぞれ定められています。

 (厚生労働省、「食品別の規格基準について」
   http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/jigyousya/shokuhin_kikaku/


 まず、保存基準では、生食用鮮魚介類などの食品を流通・販売する際には、「10℃以下で保存すること」と定めています。通常、健康なヒトが腸炎ビブリオ食中毒を発症するには、かなり大量の菌を摂取する必要があります。腸炎ビブリオは25〜37℃では増殖スピードが極めて早く、夏場に室温で魚介類を放っておくと、そこに付着した腸炎ビブリオは、あっという間に感染をおこす菌量に達してしまいます。一方で、腸炎ビブリオは10℃以下の低温では、ほとんど増殖できません。そこで、保存基準は「生産から消費まで」の流通過程において低温状態を徹底させることにより、食品中で腸炎ビブリオが増える機会を与えないようにしています。

 次に、加工基準においては、生食用鮮魚介類などの加工の際には「飲用適の水1)」または「殺菌した海水、飲用適の水を使用した人工海水」を使うように定めています。基準が設けられる前までは、漁港に併設した市場では魚介類の加工用として海水がよく使用されていました。そのため、魚介類は加工過程で海水中に含まれている腸炎ビブリオに二次汚染される可能性がありました。加工基準は、加工に適切な水を使用することで海水からの二次汚染を防ぎ、さらに、表面に付着している腸炎ビブリオの多くを洗い流して取り除くことを目的としています。この際、腸炎ビブリオは真水に弱いので、水道水や飲用適の井戸水で洗うとより効果的です。

 最後に、成分規格においては、生食用鮮魚介類やむき身の生食用かきでは、「腸炎ビブリオ最確数2)が食品1 gあたり100以下であること」、ゆでだこやゆでがにでは、「腸炎ビブリオが陰性であること(=食品25 gに腸炎ビブリオが存在してはいけない)」と定めています。生食用鮮魚介類やむき身の生食用かきで、一定の菌数の存在が認められているのは、海から水揚げされた魚介類では腸炎ビブリオのある程度の付着は避けることができないためです。そのため、「生産から消費まで」の流通過程において、「増やさない」・「つけない」ために保存基準・加工基準に基づいた適切な衛生管理が必要となります。逆に、成分規格を超えた食品は、「生産から消費まで」の流通過程のどこかで、温度管理や加工処理に不具合があった可能性が考えられます。したがって、成分規格はその食品が適切な衛生管理を受けて流通したかどうかを監視する際の指標となります。なお、ゆでだこやゆでがにの方が基準が厳しいのは、これらの食品は一度加熱処理を行っているため、腸炎ビブリオは存在しなくて当たり前だからです(もし腸炎ビブリオが存在した場合は、その食品は二次汚染を受けた可能性があります)。

 このように、近年の腸炎ビブリオ食中毒の減少は、「生産から消費まで」の一連の流れの中で「どこで菌がつくか、なぜ菌が増えるか」を分析し、対策をとった結果、食中毒の抑制に成功した一例と言えるでしょう。

 
 1)飲用適の水:水道水、または食品衛生法で定められた基準に適合した水。
 2)最確数:確率論に基づいて算出される検体中の推定菌数。

(細菌課 坂田 淳子)


▲ページの先頭へ