大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第146号− 2015年10月31日発行


残留農薬検査における新たな取り組み
標準品溶液に添加する新規汎用マトリックスの開発

【はじめに】 野菜や果物などの残留農薬検査は、食の安全を確保するうえで重要です。食品に許容される残留農薬量は、法律によって定められており、大阪府など各自治体は定期的に検査を行っています。残留農薬検査の対象となる食品と農薬の組み合わせは多岐にわたり、正確かつ効率的に検査を実践することが課題となっています。今回は、当所の残留農薬検査における新たな取り組みとして標準溶液に添加する新規汎用マトリックスの開発について紹介します。

【マトリックス効果とは】 一般的な食品中の残留農薬検査は、以下の操作で行われます。
1)抽出:溶剤を用いて食品試料から農薬を抽出する(抽出液)
2)精製:抽出液から分析を妨害する成分(食品の色素、糖および脂質等)を除き試験液とする
3)分析:試験液をガスクロマトグラフなどの分析機器に注入して測定する
4)解析:測定結果を標準溶液(農薬の種類および濃度が明らかな溶液)と比較して濃度を決める

 精製では、抽出液から分析を妨害する成分を除去して試験液としますが、最終的に取り除くことができず、農薬と共に分析機器に注入されてしまう成分が残存します。この残存成分がマトリックスです。原則として、それぞれ同量の農薬を含む標準溶液と試験液を分析機器に注入した場合、両者からは同量の農薬が検出されます。しかし、試験液中にマトリックスが共存すると、農薬の検出量において標準溶液との間に差が生じることがあります。これがマトリックス効果であり、これに対処しなければ食品に含まれる農薬量を正しく測定することができません。

【マトリックス効果の原因】 ガスクロマトグラフは、試料導入部、分離部および検出部から成ります。試料導入部から注入された農薬は、分離部を通過し検出部に到達して検出されます。機器に注入された農薬は、試料導入部および分離部を通過する過程で機器の部品表面に吸着されたり分解されたりして、一部は検出部に到達できません(図1)。これに対してマトリックスは、機器への吸着や分解から農薬を保護する作用があります。従って、マトリックスと同時に注入された農薬は、単独で注入された場合と比べて農薬は検出部に到達しやすくなります。すなわち、食品から得た試験液はマトリックスを含むことにより、マトリックスを含まない標準溶液と比較して実際よりも高い測定値になります。





図1:ガスクロマトグラフにおけるマトリックス効果の発生模式図*
 (A)標準溶液と(B)試験液で同量の農薬を注入したにも関わらず、
マトリックスを含む試験液では、農薬がマトリックスにより保護され、
標準溶液より多くの農薬が検出部に到達します。
*:ガスクロ自由自在Q&A準備・試料導入編 
     日本分析化学会ガスクロマトグラフィー研究会編
 丸善(株)を参考に作図した。


【マトリックス効果への対処】 マトリックス効果を回避するためには、試験液に残存するマトリックスをなくすよう精製度を高めることが有効です。しかし、精製を繰り返すほど農薬が失われる可能性も高まり限界があります。そこで、試験液に残存するマトリックスとバランスが図れるよう、標準溶液にも意図的にマトリックスを添加する手法(マトリックス添加法)がよく活用されます。ただし、食品により残存するマトリックスの質や量は異なるため、検査対象食品と同じ食品から別途用意した試験液をマトリックスとして利用することが必要になります。このため、マトリックス添加法は、 多種類の食品を同時に検査する場合には不向きな方法です。一方、ポリエチレングリコール300(PEG)のような強いマトリックス効果を示す試薬(疑似マトリックス)を試験液と標準溶液の双方に添加してマトリックス効果を飽和させてバランスを図る方法も有効とされています。この方法は、食品の種類に関係なく適用できますが、試薬のためマトリックス添加法と比較して、バランスが上手く図れない場合もあります。

【新規汎用マトリックスの開発】 我々は、マトリックス添加法と疑似マトリックスの組み合わせにより、多様な食品に適用できる方法を開発しました。PEGの欠点を補うために市販の野菜果実ジュースから調製したマトリックスを追加することが有効であることを見出しました。多種類の食品を原料とする市販の野菜果実ジュースを用いることで、常に一定の品質が担保されると共に、多様な食品に適用可能になりました。最終的に疑似マトリックスであるPEGと野菜果実ジュース由来のマトリックスを併用し、汎用性の高い測定法を確立しました。この方法について国が示した方法に則って評価したところ、PEG単独で使用する場合よりも多様な食品に適用可能であることが証明されました。これを新規汎用マトリックスとして学術誌に公表すると共に実際の検査にも活用しています1)。 【謝辞】 本研究は、厚生労働科学研究補助金「検査機関の信頼性確保に関する研究」により実施しました。

【文献】 1) 福井直樹ら:食品衛生学雑誌、56、178-184(2015)

(食品化学課 高取 聡)


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