大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第58号− 2008年6月30日発行


イタリアの石綿管製造工場の引き起こした健康被害

 今年6月12日に、厚生労働省が石綿曝露による労働災害の認定情報を公表しました。新聞に、企業の事業所ごとの肺癌および中皮腫による認定数を示す大きな表が掲載されていたので、記憶されている方もおられると思います。その中に石綿管を製造していたクボタや日本エタニットなどの名前もありました。石綿管の製造では毒性の強い青石綿を使用するので、大きな健康被害を出しています。これは日本だけのことではなく、ヨーロッパでも同様です。イタリア北部のピエモンテ州カザーレ・モンフェッラート市にも大きな被害をだした石綿管工場がありました。エタニット社のカザーレ工場です。この工場の引き起こした健康被害の概要を紹介します。

 【従業員の健康被害】

 カザーレ工場の操業期間は1907年から85年までであり、最盛期には従業員1,500人が働いていました。1947年に塵肺患者が見つかりましたが、当時は石綿が原因というよりもセメントの影響と考えられていたそうです。1960年代になると、従業員の健康被害が顕在化し始めるとともに、国際的にも石綿の毒性が明らかになりますが、エタニット社は因果関係を認めようとしませんでした。60年代後半からは、労働組合が中心になって抗議行動を始め、1976年に87時間のストライキを行った結果、77年になってようやく作業環境調査が実施されました。そして、その調査結果に基づき、生産工程が改善されました。80年代になってようやくエタニット社は石綿の毒性を認めますが、カザーレ工場では適切な対策を実施しているので問題はないと主張し、健康被害の責任を認めようとしませんでした。1987年には破産宣言をし、経営陣はスイスに引き上げてしまいます。
 ピエモンテ東部大学のマニャーニ教授らの最近の報告(Occup Environ Med 2008;65:164-170)では、同工場で1950年から1986年までに短期間でも雇用された3,434人の従業員のうち、1965年から2003年までに1,809人が死亡していますが、そのうち肺癌249人、胸膜の悪性新生物135人、腹膜の悪性新生物52人、石綿肺186人となっています。胸膜および腹膜の悪性新生物をすべて中皮腫とすれば、石綿関連疾患による死亡者は計622人に及びます。
 1987年には、労働組合が被害者とその家族とともにエタニット社を刑事告発しました。裁判では、被害者が証人として出廷し、安全対策がまったくない極めて劣悪な作業環境の中で保護具を着用もしないで働かされたことや、サイロから落下した大量の石綿のため従業員が下敷きになったりしたことなどを証言しました。1993年に裁判が終わり、原告1,700人が700万リラの補償を得ました。また、政府との交渉を行い、1991年には、労災への上乗せ補償のための法律を成立させました。

 【周辺住民の健康被害】

 一方、周辺住民の健康被害が顕在化しはじめたのは1980年代になってからです。これまでに被害者は500人に達し、その多くは中皮腫とのことです。エタニット社の経営陣はスイスに引き上げた後は交渉に出てくることはなく、すべて弁護士が対応し、現在に至るもほとんど補償はしていません。上述の1991年に成立した法律でも周辺住民の被害者は対象になっていないため、被害者とその家族は被害に対する補償を得るのが困難な状況を強いられています。
 工場は1985年に生産を中止しそのままになっていたため、工場からの石綿の飛散が懸念されていましたが、同市が解体工事を始めています。現在、製造工場は完全に解体され、同敷地の地下に埋められています。同市では解体工事が完了すれば、同地に被害者のモニュメントを建てる予定とのことです。

(生活環境部 熊谷信二)


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