大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第73号− 2009年9月30日発行


動物由来感染症としてのジフテリア

 ジフテリアはジフテリア毒素を産生するジフテリア菌の感染によって起こる急性感染症です。感染した部位では菌の増殖と毒素産生により組織の壊死が起こり、咽頭では白い偽膜を形成し呼吸困難などの症状が現れます。さらに毒素は血流により全身に運ばれ心筋炎や神経炎を引き起こし致死的な経過をたどります。感染力も強く、死亡率も高い感染症であることから、わが国では明治初期、近代日本の公衆衛生の始まりの時期から法定伝染病として位置づけられ、防疫対策がとられてきました。法定伝染病のなかでも経口感染症であるコレラ、腸チフス、赤痢は抗菌薬のない時代、伝染経路の遮断、患者の隔離、消毒といった対策が効果を発揮したのに対して、ジフテリアは飛沫感染が多く、不顕性感染者も多かったため同様の対策をとることが出来ませんでした。しかし19世紀の終わり頃からの細菌学の発展に伴い、ジフテリア抗毒素血清の有効性の確認(1890年、ベーリング&北里柴三郎)、皮内反応によるジフテリア検査法の開発(1913年、シック)、無毒化したジフテリア毒素による予防接種法の開発(1923年、ラモン)などが続き、これらの成果は死亡率の低下、患者の減少に大きく貢献しました。

 わが国でも第二次世界大戦の混乱期である1944年には94,274人の患者届け出がありましたが、同年12月にジフテリア菌に抗菌作用のある碧素(ペニシリン)の国内生産開始、1948年に予防接種法の制定、ジフテリアワクチンの定期接種開始により着実に患者数、死亡者数は減少していきました。1990年代には年間5人以下になり、2000年の1名の患者発生を最後としてわが国では患者発生の報告はありません。

 現在のわが国の感染症法ではジフテリアを「ジフテリア毒素を産生するジフテリア菌 の感染による急性感染症である。」と定義し、原因菌をジフテリア菌に限定しています。しかし最近ジフテリア菌の仲間であるウルセランス菌にジフテリア類似の毒素を産生し、ヒトにジフテリア様の感染症を引き起こすものがあることがわかってきました。わが国では2001年以降、人の感染事例が6例確認されています。ジフテリアにくらべて軽症例が多い傾向にありますが、海外では死亡例もあります。ジフテリア菌の感染がほぼヒトのみに限定されるのに対して、ウルセランス菌はネコ、イヌなどの愛玩動物(ネコの鼻炎、イヌの口腔潰瘍)、多くの畜産動物(牛の乳房炎)、さらに自然界に存在する多くの動物(シャチの化膿性肺炎、サルの乳房炎、ラクダのリンパ節膿瘍)に感染が見られます。海外のヒトの感染事例としてネコ、イヌからの感染、牛などの家畜との接触による感染、未殺菌の生乳からの感染等の報告があり、ウルセランス菌は動物由来感染症の起因菌として位置づけられています。わが国の感染事例も動物との関連が強く疑われ、今年1月に報告された症例では、自宅に立ち寄る5匹の野良猫のうち鼻水を垂らしていた2匹から患者と同じ遺伝子タイプのウルセランス菌が見つかっており、野良猫からの感染の可能性が示唆されています。

 ヒトのジフテリア予防接種はウルセランス菌の感染に対しても効果があると考えられており、予防接種を確実に受けておけばウルセランス菌の感染・発症も防ぐことができます。しかしすべてのヒトが感染予防に必要な免疫を持続して保持していることはありませんので、今後も散発的にウルセランス菌感染症が発生することが予測されます。

 ウルセランス菌を保有する動物に関してはネコやイヌなどの身近な動物からの検出報告があり注目されていますが、イヌやネコも野外で感染すると考えられており、自然界で保有する動物についての詳しいことはまだわかっていません。自然界で多くの動物が保有する可能性が高く、ヒトへの感染機会も多いと推測されるにもかかわらず、ヒトの感染例が少ないウルセランス菌について、積極的な予防対策の必要性は少ないと考えられますが、身近な動物に異常が認められた場合は放置せずに獣医師の診察を受ける、野外と接点のある動物と触れあった後は手洗いを十分に行うことなどの一般的な注意は必要です。また、身体に異常が認められ、医療機関を受診する場合は、動物との接触についての有無を訴えることも必要です。

 現在の感染症法ではウルセランス菌による感染症はジフテリア症状を呈していても届出対象にはなっていないため多くの症例が見逃されている可能性があります。そのため厚生労働省は潜在患者が多くいると推測し、平成21年7月22日に各都道府県などに注意喚起および情報提供の通知を出しました。さらに今後の調査・研究においては自然界におけるウルセランス菌の存在様式を明らかにし、その公衆衛生上のリスクを評価しておくことが重要であると考えています。

(細菌課 勝川 千尋)


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