大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第83号− 2010年7月30日発行


蚊が媒介する感染症の今昔

 どこからともなくやってきて私たちの血を吸い、「かゆい!」と思ったときには飛び去った後・・・そんないまいましい蚊ですが、実は「かゆい」だけではすまず、蚊から病原体をもらってしまうことがあります。現在、このような感染症としてわが国に存在するのは日本脳炎だけですが、世界では熱帯・亜熱帯を中心にマラリア、デング熱、黄熱、チクングニヤ熱などが流行し、また北米ではウエストナイル熱が流行しています。近年、私たちが海外へ出かけた時にこれらに感染して帰国するケースが増えてきており、蚊が媒介する感染症に対する注意がより必要になってきています。
 ふだん私たちの身の回りを飛んでいる蚊に刺されて、感染症の心配をすることはほとんどありませんが、ここでは、上に挙げた感染症のいくつかが、実はかつてわが国で流行していたことについて以下に少し紹介しようと思います。

[日本脳炎]

 現在、わが国で蚊が媒介する唯一の感染症で、主に水田などに発生するコガタアカイエカが病原体の日本脳炎ウイルスを媒介します。ワクチンの普及や環境の整備などにより、その患者数は年間数例程度になっていますが、過去に遡ってみると、1960年代までは年間数百〜数千人の規模で患者が発生し、その当時は多くの人が脳炎によって死亡しました。毎年、夏になると日本脳炎ウイルスが豚に感染していることがわかっており、今でも注意が必要な感染症です。

[マラリア]

 マラリアはマラリア原虫の感染によって起こる感染症で、ハマダラカの仲間によって媒介されます。現在は熱帯地域の代表的な感染症ですが、実はかなり昔からわが国にも土着のマラリア(三日熱マラリア)が存在していたことが古文書等に記録されており、人々の間では「おこり」などと呼ばれて恐れられていました。昭和の時代に入っても北海道、静岡県、愛知県、富山県、石川県、高知県、沖縄県など日本各地に流行地があり、福井県や滋賀県では年間数千人規模で患者が発生していました。また、第二次世界大戦時には、東南アジアや南方の島々で多くの兵士が感染しましたが、戦後の引き上げ船に紛れ込んだ蚊や復員した兵士などが感染源となって日本各地に新たな流行地が出現しました。幸いこれらの流行地はその後定着することなく終息し、現在に至っています。わが国で発生していたマラリアはシナハマダラカやオオツルハマダラカが媒介していたと考えられています。

[フィラリア症(リンパ管フィラリア症)]

 フィラリア症は、バンクロフト糸状虫やマレー糸状虫と呼ばれる線虫がアカイエカやトウゴウヤブカに媒介されて起こる感染症で、これも古くからわが国に存在し、「草ふるい」などと呼ばれていました。現在は見られなくなった感染症ですが、昭和30年代までは、北は青森県から南は九州、沖縄まで各地に流行地がありました。近畿地方では和歌山県南部や兵庫県北部に存在していたことが記録されています。

[デング熱]

 デング熱は、デングウイルス(1型から4型まで4つのタイプがあります)によって起こる感染症で、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介します。ネッタイシマカは、現在、日本に定着していない種類ですが(南西諸島や熊本県で生息していたことがあります)、ヒトスジシマカは、私たちの身の回りでごく普通にみられる種類で、デングウイルスを媒介する能力があります。第二次世界大戦中には、長崎、福岡、広島、神戸、大阪、東京などの都市部で、数百〜数万人規模のデング熱のかなりの流行が起こりました。その時のデング熱の媒介者となったのがヒトスジシマカで、その発生源としては、当時町中に多く見られた防火用水が一役かっていたと考えられています。

 これまでの歴史をたどってみると、現在、熱帯地域が主な流行地であるような蚊媒介性感染症でも、環境しだいでは温帯地域で十分に発生し得るということがわかります。もちろん、昔と今では蚊の発生数や発生環境、また私たちの居住環境や居住形態が違いますので、ただちに感染症に結びつける必要はありませんが、地球温暖化が言われ、また、ビルの建ち並ぶ都市部がヒートアイランドと呼ばれて熱帯化している現在、蚊が媒介する感染症についても注意が必要なのかも知れません。

(ウイルス課 弓指 孝博)


     

図1 ヒトスジシマカ雌                 図2 アカイエカ雌