大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第90号− 2011年2月28日発行


多くの顔を持つ下痢原性大腸菌

 大腸菌(Escherichia coli)は哺乳類や鳥類の腸管常在菌のひとつで、ほとんどのものは無害ですが、一部の大腸菌は病原因子を獲得し、尿路感染症や髄膜炎、敗血症、腸管感染症などの疾患の原因となります。下痢や腹痛など腸管感染症を起こす大腸菌は下痢原性大腸菌と総称されますが、病気をおこす仕組み(発症機序)はワンパターンではありません。日本で食中毒や集団感染事例が報告されている主な下痢原性大腸菌には表に示した5種類があり、発症機序はそれぞれ異なっています。

 腸管病原性大腸菌(EPEC)は、小腸粘膜に付いて注射器のような「分泌装置」を粘膜上皮細胞に打ち込み、いろいろな「分泌物」を直接細胞に入れて細胞の構成成分をかく乱させ、細胞の正常な働きを妨げます。腸管侵入性大腸菌(EIEC)は大腸粘膜上皮細胞へ侵入して増え、次々と隣の細胞へ侵入して上皮細胞を破壊していきます。腸管毒素原性大腸菌(ETEC)は小腸粘膜上皮細胞に付いて増えますが、細胞を壊すことはなく、エンテロトキシンと呼ばれる毒素を出して下痢を起こします。エンテロトキシンには易熱性毒素(LT)と耐熱性毒素(ST)の2種類があり、ETECはその一方または両方を出します。腸管出血性大腸菌(EHEC)は大腸粘膜上皮細胞に付いて増殖し、細胞の働きを妨げるとともに、ベロ毒素(VT)と呼ばれる毒素を産生します。VTは細胞のタンパク質合成を阻害する作用や免疫細胞を刺激する作用を持ち、腎臓や脳へたどり着いて細胞を傷つけると溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症を起こすことがあります。腸管凝集付着性大腸菌(EAEC)については明らかになっていないことも多いのですが、小腸や大腸で粘膜上皮細胞に付着し、炎症を引き起こすと考えられています。この他にも、細胞膨化致死毒素や耐熱性毒素用毒素を産生する大腸菌が下痢症に関わっているとの報告もあり、非病原性の大腸菌の祖先が長い進化の過程でさまざまな「病原因子」を獲得してきたと考えられます。

 このように下痢原性大腸菌は種類が多く、腸管常在菌で非病原性の大腸菌との鑑別が必要になることから、検査では病原因子の遺伝子を検出するPCR法が使われます。PCR法が普及する前は、大腸菌の「菌体抗原(O抗原)と鞭毛抗原(H抗原)の組み合わせ(血清型)」を調べる検査が中心でした。これは、種類ごとに分離頻度の高い「主な血清型」が知られていたからですが、これまで認識されていなかった血清型や型別できない大腸菌が病原因子をもつことや、反対に主な血清型の株でも病原因子を持たない場合があることがわかってきました。たとえば、EHECではO157:H7という血清型が代表的ですが、病原微生物検出情報には2000〜2009年の10年間にVTを産生する大腸菌としてO抗原だけでも54タイプが報告されています。

 細菌課で実施している糞便検査では、表に示した5種類を網羅して実施しています。2006年には修学旅行に出かけた小学生で集団下痢症が発生し、42人の検査で10タイプのETEC、6タイプのEAEC、3タイプのEPECが分離されました。17人からは2〜4種類の下痢原性大腸菌が同時に検出され、旅館の調理場などが多種類の下痢原性大腸菌で汚染されていたのではないかと考えられました。また、ETECの3タイプとEAECの4タイプは市販されている試薬でO抗原が型別できず、血清型別よりも病原因子の確認を優先した検査の重要性を痛感しました。

(細菌課 勢戸 和子)




▲ページの先頭へ