大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第33号− 2006年05月31日発行


バイオテロとその対策----野兎病(ヤトビョウ)!

 野兎病は野兎病菌(Francisella tularensis)の感染により起こる人獣共通感染症です。野兎病の国際的な病名「ツラレミア」や種名「tularensis」は、菌が最初に分離された米国の地名に由来するものです。一方、福島県の開業医である大原八郎(野兎病の命名者)は米国の研究者とは別個に野兎由来のヒトの疾病を研究していました。彼は野兎から分離した菌を自身の妻に感染実験して病原性を証明しました。野兎病は大原医師の名前を冠して別名「大原病」とも言われています。米国CDCは、野兎病菌をバイオテロ対策上もっとも重要性が高い菌の一つとして、炭疽菌、ペスト菌、ボツリヌス毒素などと同一のカテゴリーにランクしています。

 野兎病は北半球、特に北緯30度以上の地域(北米、ヨーロッパ、北アジア)で発生しています。日本では1994年までに約1,400例が長野県?愛知県以北の全県で報告されましたが、最近では発生の報告がありません。

 【感染経路】

 野兎をはじめとして、ネコ、リス、ムササビ、ニワトリ、カラス、ラット、クマなど約140種の動物からの菌が分離された報告がありますが、日本では90%以上が野兎との接触感染といわれています。米国産のプレーリードッグ(リス科の小動物)が野兎病菌、ペスト菌、サル痘ウイルスに感染していることが明らかとなり、2002年輸入禁止措置が取られたこともあります。通常ヒトからヒトへの感染はありませんが、潰瘍部の浸出物は感染源となり得るでしょう。数十例以上報告された実験室内感染も含めて、以下に示すような多様な感染経路が存在します。

@接触感染:感染した動物の剥皮や調理の時に皮膚や粘膜から感染。10個の菌でも感染すると言われています。
A節足動物の媒介:マダニ、アブ、カ等の刺咬による感染。
B水系・食品媒介:汚染した河川水や感染動物の喫食による感染。
C呼吸器感染(エアロゾルの吸入):汚染した塵埃の吸入による感染。

 スウェーデンでは感染したネズミで汚染された野積みの干し草を原因として600名以上の農夫が感染した事件が、米国では芝生や雑木を刈ることにより感染したと考えられる事例がありました。エアロゾルにした10〜50個の菌を吸入すると発症すると言われています。このため、バイオテロでは菌をエアロゾルにして散布する方法がとられる可能性がもっとも高いと考えられます。なお野兎病菌は、水、土、死体中で何週間〜何ヶ月間にもわたり生存可能であるといわれています。


 【臨床症状】

 潜伏期は3〜7日ですが、時には2週間以上に及ぶこともあります。初発症状は感冒様の全身症状であり、頭痛、悪寒・戦慄、筋肉痛を伴い突然発熱します。菌が侵入した皮膚に潰瘍を伴うものは潰瘍リンパ節型といわれ、米国で多く発生しています。日本では皮膚の感染部位が不鮮明でリンパ節の腫脹を呈するリンパ節型が多いようです。リンパ節の腫れがなく、発熱を主な症状とするものはチフス型と呼ばれています。発熱、咳、胸痛や肺炎症状を呈するものは肺炎型と呼ばれています。これ以外にも菌の侵入部位により多彩な病型をとることが知られています。


 【診断・検査】

 野兎病の診断は主としてホルマリン死菌に対する血中抗体価の測定により行われていますが、患者の血中抗体価が上昇するまでに最低でも1〜2週間位を要します。ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体によるイムノクロマトキットも米国で市販されているが、陽性反応を得るには最低でも百万個/mlの菌数が必要であると言われています。野兎病菌は検体からの増菌培養が通常は困難なため、菌分離には検体をマウス腹腔内に接種した後、発症したマウスの心血や肝臓等を選択分離培地に塗抹しなければなりません。このような危険な試験を実施できる施設がないことや時間がかかり過ぎることから、バイオテロの診断では事実上菌の分離培養は実施できません。なお菌の取り扱いはBSL3*の施設で行う必要があります。野兎病菌を使用したバイオテロ発生時には、PCR法がもっとも優先される迅速診断法と考えられます。当所では野兎病菌の外膜タンパクをコードするFopA遺伝子とTUL4遺伝子、および16S rRNAを標的にしたMultiplex PCR法*により、野兎病菌を検出できる態勢を整えています。


 【予防・治療】

 米国では弱毒生ワクチン(LVS)が実験室内感染予防に使用されていますが、残念ながら日本にはワクチンはありません。治療にはストレプトマイシンやテトラサイクリン等の抗生物質が有効です。死亡率はさほど高くなく、予後も一般的に良好です。

(細菌課 浅尾)

BSL3*:

 病原微生物の危険度分類バイオセーフティーレベル3。レベル1〜4まであり、レベル3は「ヒトに感染すると重篤な疾病を起こすが、他の個体に伝播の可能性の低いもの」。


Multiplex PCR法*:

 PCRは、生物の遺伝子が含まれている試料から、目的とする遺伝子(遺伝子の一部)を試験管内で大量に合成する方法。目的の遺伝子の両端部分と同じ1組の短い合成DNA(プライマー)と耐熱性DNA合成酵素を用いる。Multiplexは同時に幾つかの遺伝子を合成する方法。遺伝子が合成できれば、その遺伝子が試料の中に存在していることがわかるため、病原微生物の検出などに利用されている。複数の遺伝子を用いるのは検査精度を上げるため。



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