大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第34号− 2006年06月29日発行


バイオテロとその対策----炭疽(タンソ)!

 「炭疽」とは、Bacillus anthracis(炭疽菌)の感染により起こる病気です。皮膚にできた病変部が黒くなることがこの名前の由来です(anthracis;ギリシャ語で「炭」)。

 通常、牛・羊・山羊・馬などの草食動物で見られる病気ですが、人にも感染する人獣共通感染症の一つです。人への感染が起こるのは、炭疽にかかった動物と接触したり、菌で汚染された革製品などにふれたり、また汚染された肉などを食べたりした場合などで、畜産関係の仕事(畜産農家、獣医、皮革加工業、屠畜作業員等)に従事している人がかかることが多い病気です。日本や欧米など家畜衛生対策が進んでいる地域では、動物で炭疽が発生することが非常に少なくなってきており、それにともなって人での発生も見られなくなりました。

 しかし最近、この病気が再び注目を集めるようになりました。炭疽菌が生物兵器として使いやすく、バイオテロに使われる可能性がある、ということからでした。そして実際、2001年にアメリカで炭疽菌入りの手紙がばらまかれ5名が死亡するという事件が発生しました。その後、日本でも各地で”白い粉”事件が発生し、当所にも多数の検体が搬入されましたが、幸い炭疽菌が検出されたことは一度もありませんでした。

 【炭疽菌について】

  炭疽菌は1〜2×5〜10μmの比較的大きな桿菌で、グラム染色という方法で染めて顕微鏡で観察すると、青く染まった菌体が数珠つなぎに並んで見えます(http://www.iph.pref.osaka.jp/topics/tanso/pic2.jpg )。この菌は栄養が足りなくなったり、乾燥したりして増殖・生存ができなくなると1〜5μmの小さな胞子(芽胞、http://www.iph.pref.osaka.jp/topics/tanso/pic4.jpg )を形成することができます。芽胞は熱・乾燥・消毒薬・紫外線などに非常に強く、土の中などでそのまま数十年生き続けると言われています。炭疽菌が生物兵器として使われやすい大きな理由は、この「芽胞」をつくる、という性質です。


 【感染経路・症状について】

  人における炭疽の病態は、感染経路によって大きく3つに分けることができます。
・皮膚炭疽;炭疽の中でもっとも多く見られる病型です。炭疽菌の芽胞が皮膚の傷口などから侵入し、そこで増殖し、かゆみをともなうやや盛り上がったこぶを形成します。やがてこぶは中央部が破れて潰瘍となり、黒くなります。治療をしない場合の死亡率は10〜20%とされていますが、適切な抗菌薬を用いれば治療できます。
・腸炭疽;菌で汚染された肉を食べることによって発症します。吐き気、嘔吐、発熱、食欲不振などに引き続き、腹痛、激しい下痢、血便などが生じ、死に至ることもあります。死亡率は25〜50%と言われています。
・肺炭疽;非常にまれな病型です。エアロゾル化した芽胞を吸入し、肺などの呼吸器から感染します。最初、インフルエンザのような症状(発熱、筋肉痛、倦怠感など)を示し、そのまま治療しなかった場合数日後に急激に悪化し、呼吸困難、ショックなどを呈し死に至ります。未治療の場合の死亡率は90%以上とされています。アメリカでおこったバイオテロでは、手紙についた芽胞を直接吸い込んで肺炭疽となり、重症化した例が多く見られました。


 【診断・検査】

  炭疽の診断には、菌を検出しそれが炭疽菌であることを証明することが必要です。病変部や痰、血液などを検体として、直接染色して顕微鏡で菌や芽胞を観察したり、適当な培地を使って増殖させ、炭疽菌に特徴的な性質を示すかどうか(溶血しない、運動性がない、コロニーの形状、液体培地での発育など)によって炭疽菌の有無を調べます。もし炭疽菌が疑われた場合には、さらに精密検査(ガンマファージテスト、パールテスト、アスコリーテスト)を行って最終的に炭疽菌と確定します。しかし、これらの検査は、時間がかかる、すぐ試薬が入手できないなどの欠点があり、最近では炭疽菌だけがもっている遺伝子を検出する検査(PCR法など)が行われることが多くなっています。当所では、通常のPCR法よりも正確な結果が得られることから、リアルタイムPCRという方法で炭疽菌の診断を行っています。この方法では、1時間以内に結果が出るという点も大きなメリットです。  このほかに、炭疽菌の抗原をラテックス凝集という方法で直接検出するキットも市販されています。


 【治療・予防】

  炭疽菌の感染が疑われる場合、できるだけすみやかに有効な抗菌薬を投与する必要があります。通常ペニシリンGが有効ですが、耐性菌が報告されていることから、シプロフロキサシンまたはドキシサイクリンを第一選択とすることが多いようです。また、芽胞が体内で長期間生存する可能性があるために、薬の投与期間は60日以上(〜100日)が望ましいとされています。  海外では人用のワクチンが実用化されていますが、副作用などの問題から日本では受けることはできません。アメリカでも一般へのワクチン投与は勧められておらず、軍人など特殊な職業に就いている人等に限られるようです。また、動物用ワクチンもありますが、人に投与することはできません。  バイオテロなど特殊なケースを除き、日本で炭疽になる可能性はありません。しかし、海外で動物の炭疽対策が進んでいない地域では決して珍しい病気ではありません。そういった地域を旅行する場合、死んでいる動物やきちんと衛生管理されていない畜産品(食品、皮革製品など)に、近寄らない、さわらない、食べないなどの注意が必要です。


 【参考リンク】

感染症発生動向調査週報、感染症の話「炭疽」
炭疽菌-Wikipedia

(細菌課 河原)


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