大阪府立公衆衛生研究所メールマガジン かわら版@iph

 −第50号− 2007年10月31日発行


食品からのポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)の摂取量に関する研究

 【1:はじめに】

 ヒトの日常生活に伴う化学物質曝露量(注1)を調べることは、化学物質による健康被害を未然に防ぎ、効果的な汚染防止・軽減対策を講ずるための第一歩です。当所では府内の食品、医薬品、水、大気、ハウスダストなど、各種媒体中の化学物質・薬物のモニタリング調査に精力的に取り組んでいます。今回は、その一例として、食品からのポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)の摂取量調査についてご紹介します。

注1:「曝露(ばくろ)」とは、「身体が化学物質や物理的刺激に曝(さら)されること」を意味します。一般的には、食事、呼吸、皮膚接触が化学物質の曝露原因となります。

 【2:PBDEsについて】

 PBDEsには大きく分けてペンタBDE、オクタBDE、デカBDEの3種類の工業製品があり、いずれもプラスチック等の難燃剤として使用されてきましたが、近年、これらは残留性の環境汚染物質として問題視されています(詳しくは公衛研ニュース第23号(注2)をご参照下さい)。PBDEsの多くはポリ塩化ビフェニル(PCBs)と同様の化学的性質(親油性、難分解性)を有するため、食物連鎖を通じて肉食生物の脂肪組織に蓄積し、最終的には、食品としてそれらを食べたヒトの体内に取り込まれると推定されます。PBDEsにはヒトや動物の死亡事故を起こすような深刻な急性毒性は報告されていませんが、慢性的な、あるいは胎児期における高濃度のPBDEs曝露は肝臓や甲状腺ホルモン系の生体機能に悪影響を及ぼす可能性があり、その曝露実態の解明が望まれています(注3)。

注2:「難燃剤PBDEsによる環境汚染について」
注3:「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質」として、鉛やトランス脂肪酸等と共にPBDEsがリストアップされています(平成18年4月20日)。

 【3:摂取量調査の概要】

 このような背景から、2006年に当所では食品由来のPBDEsの一日摂取量の調査を行いました。調査には「マーケットバスケット方式のトータルダイエットスタディ」と呼ばれる手法を用いました。この方法は、府内の一般的なスーパーマーケットから100種類以上の食品材料を調達し、適宜調理した後、近畿I地区(大阪府、兵庫県、京都府)における各食品の平均的な摂取量の比率に基づき、13群に大別した混合試料を調製し、これに飲料水試料を加えた計14群の試料を分析して、その結果に基づき対象物質の摂取量を算出するというものです。

 【4:調査結果】

 調査の結果、魚介類、豆類、油脂類および肉・卵類から1グラムあたり0.48、0.03、0.02、0.01ナノグラムのペンタBDEが検出され、また、油脂類から1グラムあたり1.8ナノグラムのデカBDEが検出されました。これらの値と各食品群の摂取量を基に府内の平均的な消費者のペンタBDE およびデカBDEの一日摂取量を算出した結果、それぞれ46ナノグラムおよび21ナノグラムとなり、海外の報告値とほぼ同レベルでした(注4)。また、平均的消費者の体重を50キログラムと仮定すると、これらの摂取量はそれぞれ体重1キログラムあたり約0.9ナノグラムおよび0.4ナノグラムとなり、米国環境保護庁が提案している一日許容摂取量の参照値(体重1キログラムあたり2000ナノグラムおよび10000ナノグラム)の千分の一以下であることから、食事を介したPBDEsの摂取による健康へのリスクは十分に小さいと判断されました。

注4:例えば、Harradら(2004年)、Kivirantaら(2004年)、Voorspoelsら(2007年)、de Winter-Sorkinaら(2003年)の報告によると、英国、フィンランド、ベルギー、オランダにおけるペンタBDE関連成分の一日摂取量は、それぞれ91、43、23、13ナノグラムと推定されています。

 【5:今後の課題】

 デカBDEの分析には高度な技術を必要とするため食品中のデカBDEの残留実態についてはこれまでほとんど報告例が無く、今回の調査における油脂類からのデカBDEの検出は全く予想外の結果でした。しかし、我々の調査とほぼ同時期に福岡県環境保健研究所の中川らが実施した北海道・東北・中部の三地区を対象とした大規模なトータルダイエットスタディの結果でも同様に油脂類で特徴的なデカBDE汚染が認められていることから、油脂類のデカBDE汚染は全国的な傾向であると推測されます(注5)。

 その後、当所で実施した個別製品の分析の結果、植物油の一部製品がデカBDEに汚染されていることが明らかになりました。これらの製品の汚染経路については不明ですが、植物油原料の収穫・運搬・保存あるいは油脂の抽出・精製過程において器具や周囲の環境からデカBDEが混入した可能性が疑われます。また、土壌や大気粉塵中のデカBDEが原料植物の生長過程において吸着・吸収され油脂に移行した可能性もあります。

 なお、デカBDEは加熱や太陽光照射によって分解し、有害なポリ臭素化ジベンゾフランを生成することが知られています。上述の中川らの研究において、三地区で共通して油脂類のみから7臭素化ジベンゾフランが検出されており、デカBDEとの関連が強く疑われます。植物油は、脱臭処理時など製造過程で加熱処理が加えられることが多く、また、飲食店等においては長時間加熱した植物油が繰り返し使用される状況も予想されることから、汚染経路の解明と併せて植物油中に残留するデカBDEの熱分解挙動の解明が望まれます。

注5:厚生労働科学研究費補助金(食品の安心・安全確保推進事業)分担研究報告書「ダイオキシン類による食品汚染実態の把握に関する研究」

 【6:おわりに】

 以上、食事を介したポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)の摂取量調査についてご紹介しました。当所ではその他にも、毎年定期的に重金属や残留農薬等を対象としたトータルダイエットスタディを実施しています。なお、トータルダイエットスタディは世界保健機関(WHO)が推奨する重要な公衆衛生事業の一つであり(注6)、当所における1970年代からの先駆的・継続的なトータルダイエットスタディは、母乳中残留性化学物質の長期モニタリング(注7)と同様に国内外から高い評価を受けています。当所では、府民の皆さんの暮らしの安全・安心を支えるために引き続きこれらの調査に取り組んでいく予定です。

注6:「GEMS/Food Total Diet Studies」

日常的な食事の安全性を保証するために最も対費用効果に優れた手法としてトータルダイエットスタディが推奨されています。

注7:1972年から厚生省・厚生労働省の母乳栄養推進事業の一環として、大阪府では府民の皆さんからご提供頂いた母乳を使用して残留性化学物質(ダイオキシン類、PCBs、有機塩素系薬剤、PBDEs)のモニタリング調査を実施しています。このような地道な母乳の長期モニタリング調査は国内およびアジア地域では他に例が無く、本調査で得られた母乳中の残留性化学物質濃度の経年推移データは日本を代表する貴重なデータとして国際的に広く活用されています。今後とも母乳採取へのご協力よろしくお願いします。

(食品化学課 阿久津)


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