新顔の伝染病菌 志賀毒素産生性大腸菌 O157:H7

1996年5月24日、岡山県邑久町に始まったO157:H7(以下O-157と記す)の集団発生は年末までに25例以上が報告され、散発発生も全国で爆発的に発生し、厚生省の集計によると平成8年中に有症者累計9,451名、死者12名に達しています。過去の集団発生が8例しかみられなかったことを考えますと、日本各地に拡散したことがうかがわれます。

(1)発見、登場

 この菌は1982年2月と5月にアメリカ、ミシガンとオレゴンの2つの州で、あるファーストフード・チェーン店で食べたハンバーガーが原因となった食中毒事件をひきおこし注目をあつめました。感染経路の調査で挽肉から同じO-157が検出され、加熱不十分であったことが明らかにされました。そのときにこの大腸菌が以前にも存在したのかどうかを、1976-1982年の間に下痢患者から分離され保存されていた菌株について、アメリカ、カナダ、イギリスで数千株のさかのぼり調査が行われましたが、数株しかみられていないめずらしい血清型の大腸菌であることがわかりました。1982年の食中毒では患者の症状もそれまでに知られていた下痢原性大腸菌とは異なり、成人にも激しい腹痛と血性下痢を起こし、溶血性尿毒症症候群(HUS)という重い症状を続発するような、強い病原性をもつ危険な大腸菌であることも明かとなりました。わが国では厚生科学研究として実施した原因不明下痢症研究班(国立予防衛生研究所、阪崎利一班長;当時)で分布調査研究が行われました。その結果、筆者らは1984年8月22日に発病した大阪府豊中市在住の兄弟例で、弟(2歳10カ月)の糞便から初めてO-157を検出しました(兄からは検出されませんでしたが、O-157と毒素に対する凝集および中和抗体価の上昇と急性腎不全等の臨床症状から患者と判断しました)。つづいて川崎市でも下痢患者から分離されています。そのとき以降1989年12月までの間に下痢を主症状として受診した5,552人の糞便を調査した結果では11人(0.2%)から検出されているにすぎません。全国での調査成績がないのではっきりとはいえませんが、各地でもこの程度であったと考えられます。

(2)呼び方

 ヒトに対する強い症状は、この菌がつくる毒素であることがその後の研究で明らかにされ、その毒素は志賀赤痢菌毒素と類似した作用、構造をもっていることから志賀赤痢菌様毒素(Shiga-like toxin;SLT)とよばれましたが。この毒素の作用であるベロ細胞に壞死性変化を起こすものは、すでに1977年にベロ毒素(vero toxin;VT)として報告されており、また違った種類の毒素があることがわかったことから、VT-1やVT-2型というようになっていました。ところが1996年になってこの毒素の作用機序が志賀毒素と同じであることから、統一して志賀毒素-1(Stx-1)、志賀毒素-2(Stx-2)とよび、菌もこれまでの病状から命名された腸管出血性大腸菌(EHEC)やベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)から志賀毒素産生性大腸菌(STEC)というようになりました。この他にもSTECは他の下痢原性大腸菌と違い、Stx以外の毒素や細胞への侵入性などはなく、大腸粘膜に強く付着する線毛があることが確認されています。なお、Stxは細胞の壞死作用、神経毒作用、下痢毒作用の三つをもっている毒素です。

(3)特 徴

 Stxは志賀赤痢菌では染色体上の遺伝子によっていますが、STECではファージという細菌に感染するウイルスの遺伝子に制御されています。したがってこの毒素の産生能が他の細菌に移ることが懸念されていましたが、すでに非病原菌に分類されるEnterobacter cloacaeやCitrobacter freundiiなどがStxを産生し血便やHUSを起こした例が報告されています。

 感染はO-157の線毛が大腸回盲部に付着して、そこで菌が増殖しておこります。毒素はそれに比例して次第に作り出され、腸管内皮細胞の破壊や血流中に入り、溶血や腎の毛細血管を傷害し、抵抗力の弱い年少者や老人では急性腎不全やHUSという重い病気を引き起こします。また治っても腎不全や高血圧等いろいろな後遺症を残すこともあり、ときには致命的となることがあります。STECは自然界では牛の大腸内に保菌されていることが多いので、肉類は汚染を受けやすいことから衛生管理が重要です。アメリカの例のように加熱不十分な肉を食べたり、糞便で汚染された野菜類、果物類を生食することによって感染します(レタス、メロン、リンゴジュースなど)。ですから生食することが多い野菜や果物は流水でよく洗うことが大切です。

(4)病 気

 O-157感染の最初は風邪ひき様で特徴といえる症状はありません。典型的な場合は、無熱か38℃台の発熱、粘液のない水様下痢がみられます。このときに嘔吐をすることもありますが、これらの症状が現れるまでに4-9日位かかります。これは他の食中毒のときより長いので早期診断が困難であるといわれる理由の一つです。さらに2,3日後には、へそ周囲から右下腹部が間隔をおいて刺すように痛み、独特の臭気のある、血液が流れでるような血性下痢便に変化します。こういう症状は毒素の強い作用によるものと考えられますので、下痢どめや鎮痛剤を飲む前に急いで病院を受診し的確な治療を受けることが必要です。なお、幼児では腹痛ははっきりしないことがありますし、約10才以上では症状がなかったり、軟便程度で軽くすむ場合も比較的多くみられます。

(5)感 染

 O-157は他の食中毒菌に比べて約1/10,000のごく微量の細菌数(約100個)で感染するといわれています。通常、患者の下痢便中には非常に多数の菌がおり、二次感染に注意が必要です。患者発生のときには患者の衣類や下着、使用するトイレなどは、加熱あるいは消毒液で衛生的に処理する必要があります。そのため1996年8月6日に指定伝染病に指定されました。とくに年少者のいる家庭や、乳児院、保育園、幼稚園および老人ホームなど、免疫力が弱くO-157に対して感受性の高いヒトがいる施設の衛生管理には注意が必要です。

(6)予 防

 普段の生活においては、O-157だけの感染予防法というものはありませんので、一般的な食中毒の予防法を心がけることになります。手洗いを十分にしたり、調理前の食材と調理後の食品あるいは生食する野菜類を接触させない、加熱を十分にするということです。すなわち・ 付けない、・ 増やさない、・ 殺す(殺菌する)の食中毒予防の三原則を習慣づけることです。さらに、給食など調理に従事している人たちは「自分は食品を取り扱っている」という意識を持つことが予防に大切です。

 今年に入って、集団発生は見られておりませんが、家庭内と思われる発生が続いており、寒い時期でも安心できない菌なので、このO-157に対する防御を忘れないでほしいものです。

微生物課 小林 一寛


O157:H7の語源

大腸菌の血清型を表し、菌体(O抗原)と鞭毛(H抗原)の組み合わせで型別します。O抗原が157番目、H抗原が7番目に見つかったことから、この名称が付けられました。