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公衛研ニュースの発刊にあたって

  所長 江 部 高 廣  

阪府立公衆衛生研究所は昭和35年の創立以来、大阪府の公衆衛生行政を科学的・技術的に支援する中核機関として歩んでまいりました。この間、行政の最終判断材料となる各種の検査を初め、病原体の迅速診断法の開発、伝染病対策や府民の健康保持・増進のための疫学調査研究、さらに食品、飲料水および医薬品等の安全性確保のための調査研究等を行ってまいりました。また、これらの業務遂行のために長年の経験と先端技術を融合化させる努力を怠ることなく、広範囲な専門技術を培ってまいりました。

 さて、それらの専門技術や業務実績は、当研究所の所報、事業年報はもとより研究会、協議会、学会、専門誌上などで発表報告を行ってまいりました。昨年からは情報環境の整備を行い、インターネットのホームページ上でも提供できるようになりました。しかしながら、これまでの発表や報告の方法では、発行部数が少ないこと、記述内容が専門的すぎて理解しにくいなどの点で、事業成果の活用が必ずしも十分ではなかったように思われます。

 そこでこの度、本紙「公衛研ニュース」の発行という新たな広報活動を始めました。府民の皆様の当所の仕事に対する理解をより深めていただくとともに、公衆衛生に携わる方々に有用な専門情報を提供してまいりたいと思っております。本紙が公衆衛生の維持向上の一助となりますようご愛読いただき、ご活用下さいますようお願い申し上げます。


新顔の伝染病菌 志賀毒素産生性大腸菌 O157:H7

1996年5月24日、岡山県邑久町に始まったO157:H7(以下O-157と記す)の集団発生は年末までに25例以上が報告され、散発発生も全国で爆発的に発生し、厚生省の集計によると平成8年中に有症者累計9,451名、死者12名に達しています。過去の集団発生が8例しかみられなかったことを考えますと、日本各地に拡散したことがうかがわれます。

(1)発見、登場

 この菌は1982年2月と5月にアメリカ、ミシガンとオレゴンの2つの州で、あるファーストフード・チェーン店で食べたハンバーガーが原因となった食中毒事件をひきおこし注目をあつめました。感染経路の調査で挽肉から同じO-157が検出され、加熱不十分であったことが明らかにされました。そのときにこの大腸菌が以前にも存在したのかどうかを、1976-1982年の間に下痢患者から分離され保存されていた菌株について、アメリカ、カナダ、イギリスで数千株のさかのぼり調査が行われましたが、数株しかみられていないめずらしい血清型の大腸菌であることがわかりました。1982年の食中毒では患者の症状もそれまでに知られていた下痢原性大腸菌とは異なり、成人にも激しい腹痛と血性下痢を起こし、溶血性尿毒症症候群(HUS)という重い症状を続発するような、強い病原性をもつ危険な大腸菌であることも明かとなりました。わが国では厚生科学研究として実施した原因不明下痢症研究班(国立予防衛生研究所、阪崎利一班長;当時)で分布調査研究が行われました。その結果、筆者らは1984年8月22日に発病した大阪府豊中市在住の兄弟例で、弟(2歳10カ月)の糞便から初めてO-157を検出しました(兄からは検出されませんでしたが、O-157と毒素に対する凝集および中和抗体価の上昇と急性腎不全等の臨床症状から患者と判断しました)。つづいて川崎市でも下痢患者から分離されています。そのとき以降1989年12月までの間に下痢を主症状として受診した5,552人の糞便を調査した結果では11人(0.2%)から検出されているにすぎません。全国での調査成績がないのではっきりとはいえませんが、各地でもこの程度であったと考えられます。

(2)呼び方

 ヒトに対する強い症状は、この菌がつくる毒素であることがその後の研究で明らかにされ、その毒素は志賀赤痢菌毒素と類似した作用、構造をもっていることから志賀赤痢菌様毒素(Shiga-like toxin;SLT)とよばれましたが。この毒素の作用であるベロ細胞に壞死性変化を起こすものは、すでに1977年にベロ毒素(vero toxin;VT)として報告されており、また違った種類の毒素があることがわかったことから、VT-1やVT-2型というようになっていました。ところが1996年になってこの毒素の作用機序が志賀毒素と同じであることから、統一して志賀毒素-1(Stx-1)、志賀毒素-2(Stx-2)とよび、菌もこれまでの病状から命名された腸管出血性大腸菌(EHEC)やベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)から志賀毒素産生性大腸菌(STEC)というようになりました。この他にもSTECは他の下痢原性大腸菌と違い、Stx以外の毒素や細胞への侵入性などはなく、大腸粘膜に強く付着する線毛があることが確認されています。なお、Stxは細胞の壞死作用、神経毒作用、下痢毒作用の三つをもっている毒素です。

(3)特 徴

 Stxは志賀赤痢菌では染色体上の遺伝子によっていますが、STECではファージという細菌に感染するウイルスの遺伝子に制御されています。したがってこの毒素の産生能が他の細菌に移ることが懸念されていましたが、すでに非病原菌に分類されるEnterobacter cloacaeやCitrobacter freundiiなどがStxを産生し血便やHUSを起こした例が報告されています。

 感染はO-157の線毛が大腸回盲部に付着して、そこで菌が増殖しておこります。毒素はそれに比例して次第に作り出され、腸管内皮細胞の破壊や血流中に入り、溶血や腎の毛細血管を傷害し、抵抗力の弱い年少者や老人では急性腎不全やHUSという重い病気を引き起こします。また治っても腎不全や高血圧等いろいろな後遺症を残すこともあり、ときには致命的となることがあります。STECは自然界では牛の大腸内に保菌されていることが多いので、肉類は汚染を受けやすいことから衛生管理が重要です。アメリカの例のように加熱不十分な肉を食べたり、糞便で汚染された野菜類、果物類を生食することによって感染します(レタス、メロン、リンゴジュースなど)。ですから生食することが多い野菜や果物は流水でよく洗うことが大切です。

(4)病 気

 O-157感染の最初は風邪ひき様で特徴といえる症状はありません。典型的な場合は、無熱か38℃台の発熱、粘液のない水様下痢がみられます。このときに嘔吐をすることもありますが、これらの症状が現れるまでに4-9日位かかります。これは他の食中毒のときより長いので早期診断が困難であるといわれる理由の一つです。さらに2,3日後には、へそ周囲から右下腹部が間隔をおいて刺すように痛み、独特の臭気のある、血液が流れでるような血性下痢便に変化します。こういう症状は毒素の強い作用によるものと考えられますので、下痢どめや鎮痛剤を飲む前に急いで病院を受診し的確な治療を受けることが必要です。なお、幼児では腹痛ははっきりしないことがありますし、約10才以上では症状がなかったり、軟便程度で軽くすむ場合も比較的多くみられます。

(5)感 染

 O-157は他の食中毒菌に比べて約1/10,000のごく微量の細菌数(約100個)で感染するといわれています。通常、患者の下痢便中には非常に多数の菌がおり、二次感染に注意が必要です。患者発生のときには患者の衣類や下着、使用するトイレなどは、加熱あるいは消毒液で衛生的に処理する必要があります。そのため1996年8月6日に指定伝染病に指定されました。とくに年少者のいる家庭や、乳児院、保育園、幼稚園および老人ホームなど、免疫力が弱くO-157に対して感受性の高いヒトがいる施設の衛生管理には注意が必要です。

(6)予 防

 普段の生活においては、O-157だけの感染予防法というものはありませんので、一般的な食中毒の予防法を心がけることになります。手洗いを十分にしたり、調理前の食材と調理後の食品あるいは生食する野菜類を接触させない、加熱を十分にするということです。すなわち@ 付けない、A 増やさない、B 殺す(殺菌する)の食中毒予防の三原則を習慣づけることです。さらに、給食など調理に従事している人たちは「自分は食品を取り扱っている」という意識を持つことが予防に大切です。

 今年に入って、集団発生は見られておりませんが、家庭内と思われる発生が続いており、寒い時期でも安心できない菌なので、このO-157に対する防御を忘れないでほしいものです。

微生物課 小林 一寛


O157:H7の語源

大腸菌の血清型を表し、菌体(O抗原)と鞭毛(H抗原)の組み合わせで型別します。O抗原が157番目、H抗原が7番目に見つかったことから、この名称が付けられました。


エイズ治療の現状

年は薬害エイズ事件に人々の目が注がれましたが、この問題が解決すればエイズの問題が終わったという訳ではありません。実は我が国で報告されるHIV感染者の数はこの数年増え続けているのです。世界的に見てみても、欧米では増加が一段落したものの、アジアやアフリカ、中南米諸国での感染者の拡大は止まるところを知りません。エイズの拡大を食い止めるためには、「エイズ予防の知識が広まり、奔放な性行動に変化が起れば良い」わけですが、人々の性的な活動を変えるのは(貧困など社会的な問題をかかえている地域では特に)至難のわざです。

 一方、エイズを医学の力で解決する努力は少しずつ実を結びつつあると言えましょう。数年前ではエイズは「不治の病」というイメージで語られることが普通でしたが、この1、2年の間に新しい薬剤がいくつか試された結果、エイズの発症、つまりカリニ肺炎などに至るのを遅らせることが出来るのではないかと考えられるようになりました。新しい薬剤とは、今までに用いられてきたAZTやddIと同じ仲間の抗エイズ薬(逆転写酵素阻害剤)であるddC、d4T、3TC、それにエイズウイルスの細胞での再生産を阻止する3種のプロテアーゼ阻害剤です。それらの薬剤を2種あるいは3種組み合わせて投与すると、感染者の血液中のHIV量を極端に減らすことが出来、又それに伴って、減り続けていた免疫担当細胞(CD4陽性細胞)の回復が見られたのです。これらの効果がもし長続きすれば、エイズ発症を遅らせること、つまり延命治療が可能ではないかと考えられるようになってきました。<エイズはもう怖くない病>と言えるまでエイズの制圧に向けて更なる挑戦が続けられます。

 さて、このような薬剤治療を効果的に行うには、綿密な検査が必要になってきます。それらは体内ウイルス量の測定、ウイルスが悪性化していないかを調べる検査、あるいは薬が効かなくなる耐性ウイルスの出現を調べる検査などです。これらの検査によって、感染者の病気がどこまで進行しているかを判定し、薬をいつ投与しはじめたら良いかを知り、薬剤が本当に効果をあげているかどうかが分かります。また耐性ウイルスが出現したことが検査によって判明すれば薬を別のものに変えることが出来ます。

 当研究所では、これらの検査に積極的に取り組んでおり、エイズ治療に協力するための技術的なセンターとしての役割を果たしています。

病理課 大竹 徹


マグロと一酸化炭素

2つの言葉を結び付けるキ−ワ−ドは?そう新聞やテレビを御覧の皆様はとっくにご存じ。「鮮やかな赤色」でした。マグロは外洋を回遊する魚だけに赤色の筋肉色素のミオグロビンに富む肉質を持ち、その肉質が持つ「赤み」が鮮度の判断や商品価値に直結すると言われています。今回の一酸化炭素(以下CO)の使用による保色操作疑惑もこの観点から生じたと考えられます。COは、酸素よりもヘモグロビンに対する親和性がはるかに強く(約250倍)、筋肉色素のミオグロビンも同様の働きを持っています。そういうわけで、一度結合したCOは容易に解離しないので、いつまでも鮮紅色を呈することになるのです。  当所においてもこの問題で、赤色の色調の経時的変化や鮮度との関係について検討を続けていますが、普通冷凍マグロは解凍後、1日程度で黒く変色するところが、CO処理マグロでは5℃で一週間放置しても、鮮紅色をしていました。また鮮度「K値」の経時的変化では、CO処理マグロと無処理との間には劣化の速度に差がないとの結論でした。

 CO処理マグロの健康影響についてはまだ報告事例がありませんが、こういったマグロが市場に流通すること事態問題で、消費者にとっては、古くなっても鮮度の見分けがつかず、ひいては食中毒の原因にもなりかねない危険性があります。この度、厚生省はマグロ(スモ−ク品も含む)について「COの使用の有無の判断については、検査開始日の定量値が200μg/kg以上であって、その2日後の定量値が検査開始日の定量値より明らかに減少した場合、又は検査開始日の定量値が500μg/kg以上である場合には、COが使用された蓋然性が高く、食品衛生法第6条に違反するものとして取り扱って差支えないこと」との基準を示しました(H9.5.21)。我々も流通マグロのCO処理については、さらに監視を続けて行きたいと思っています。

食品化学課 吉田 政晴


発行日:平成7年6月10日

編 集:大石、中村、山吉、桑原、東、味村

事務局:薬師寺 、渋谷(内線297)


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