もくじ


 

  21世紀を迎えて  年頭インタビュー

世紀あけましておめでとうございます。21世紀のスタートにあたり、各部課の所員に抱負を語ってもらいました。

▼まず最初は、ユニークな部門である労働衛生部からお願いします。

「働く人の健康を守るために」

 当所には全国の地方衛生研究所の中で唯一労働衛生に関する調査研究を行う部門が設置されています。大阪府には中小零細企業が多く、この中には労働衛生的に好ましくない環境で働いている人が多い事をこれまでの種々の実態調査で感じます。当部ではこれまで事業所内の環境調査や労働者の健康調査を行い、環境改善指導などを行った事例も数多くあります。中小零細企業にはまだまだ労働衛生上の問題は多く、そこで働く人たちの健康を守るための調査研究を行う機関が大阪府には必要であり、力を入れて取り組んでいかなくてはならないと考えています。

▼薬品部門の薬事指導部はいかがですか。

「行政的な知識が必要です」

 私たちの部門は行政部門と一体となって薬の品質確保・不良医薬品の流通 防止に向け、正確・迅速に薬の試験を行うこと、製造所の品質管理部門を指導する能力を持つことが必須となります。また、承認権限が知事に委任されている薬の承認審査に伴う試験技術面 での調査及びそのための各種基準に対する知識等、試験技術と行政事務との両方の能力が要求されます。つまり研究職でも技術的な知識だけではなく、もっと行政的な知識を得る努力が必要だと思います。

▼続いて昨年、乳製品食中毒の原因究明に活躍した食品細菌課にお願いします。

「これからも技術水準の維持向上を図ることが大切」  

 現在、大阪府は未曾有の財政危機が叫ばれて、研究費および人員の削減が求められ、給与も昇給停止となっています。この状況がいつまで続くのかわかりませんが、時代は地方分権へと移行しており、地方の特性および自主性に基づいた施策の実行がいまほど求められている時はありません。公衛研としても、大阪府の衛生行政の科学的・技術的中核として所員全員が技術水準の維持向上を図る努力を常にする必要があります。また、この点を視野にいれて地方行政の要望にいままで以上に密着した調査研究、試験検査および教育研修などをすることが大事と考えています。

▼次は、検査と研究で多彩 な食品化学課の御意見を。

 「継続は力、微量 分析は公衛研の特徴のひとつ」

 公衛研は、知らない人にとってはまだまだ小さな検査所であろうと思われています。しかし、一例を挙げると、約30年間にわたる食品や母乳のダイオキシン等の継続調査で世界に大きく貢献しました。公衛研の裾野は広く地道な研究は多いのです。ppm、ppb、ppt 、ppqの微量分析の分野では大学よりも技術レベルが高いかも知れません。それに、日本の大学ではこの分野の研究はあまり行われていません。この事は公衛研の特徴を生かす一つのヒントになるのではないでしょうか。 

▼大気汚染を研究をしている公害衛生室はどうお考えでしょうか。

「多くの人の協力で」

 ピラミッドや文字は、突如として文明の中に現れたようにみえます。しかし、これらは人間の生活から試行錯誤して生み出された知恵から、徐々に形作られていったと考えられています。公衛研も、先輩達が残してくれた有形、無形の財産を大切にしながら、時代を先取りした研究を展開していかねばなりません。一人の力は小さくても、多くの人が力を合わせれば、できることがたくさんあるように思います。そのためにもチャレンジ精神を失わない公衛研でありたいものです。

▼当所の一番大きな部門公衆衛生部の、まずはHIVや免疫等の研究を担当する病理課から。

「府民の健康の見張り番」

 O157や乳製品の事件が発生した時、普段の研究の蓄積がものをいい迅速に対応できました。近年こうした大規模な健康被害の発生頻度は増え、その内容は複雑化してきています。これに対する「危機管理」の成否は、普段からの備えと、早い段階での徴候の発見、対応策の提示、最新の情報の公開にかかっていると思われます。それには幅広い研究・調査に加え、最新の機器や手法を取り入れることが大切でしょう。今後も公衛研の「府民の健康の見張り番」としての役割は、ますます増大すると思われます。

▼続いて上下水道の水質調査や放射能のモニタリングなど環境問題に取り組む環境衛生課に。

「安全エコライフ確立への情報発信基地」

 近年エコロジーと言う言葉がよく使われていますが、真のエコロジーを考えるには、LCA(ライフサイクルアセスメント)を考慮した科学的データをもとに、地域の現状に則した評価をする必要があります。また、エコライフの安全性についても多角的に考慮する必要があります。当所には各分野の専門スタッフがそろっており、トータルな提言ができるものと考えられます。今後、安全エコライフの情報発信基地としての当所の果 たす役割は大きいのではないでしょうか。

▼病原細菌を扱う微生物課はどのような抱負をお持ちですか。

「ヒト・ゲノムの解明がもたらすものは?」

 1988年からスタートした「ヒトゲノム計画」は、2000年1月には推定97%のヒト遺伝子の解読が終了し、2003年には全遺伝情報の解読が完了予定です。遺伝情報の解読は遺伝子異常による身体的障害の早期発見や、難病やガンなどの発症の仕組みを解明し、個人別 の医薬品の開発などを可能とします。しかし、DNAを用いた「生命の研究」には倫理的問題が含まれます。今後、公衛研でもヒトDNAをターゲットにした研究が増えてくると予想されます。そのためには倫理委員会の創設が急務と考えられます。研究者個人個人が正しい生命観 あるいは生命哲学をもって、社会に貢献できる研究をしたいものです。

▼病原体ウイルスに立ち向かうウイルス課からメッセージをお願いします。

「大きなビジョンを持ち続けて」

 新世紀を迎え、我々に求められているのは何かについて考えるいい機会を得ました。ダイオキシン、環境ホルモンなどの化学物質問題、新興・再興感染症、動植物の絶滅、人口問題、拡がる国家間の経済格差など深刻な問題が起こっています。公衆衛生研究所は身近な問題から、これら国際化する各種の問題解決に貢献できるところではないでしょうか。自由な環境で、フィールドをフルに活用し、鋭い観察力と独創性ある研究でグローバルに取り組んでいる、そんなところにしたいものです。

▼皆さまどうも有り難うございました。全体のまとめを所長にお願いします。

「21世紀も府民の健康をまもるために」

 みなさんの提言に示されたエネルギーあふれる若い英知と力に期待します。大阪府民の健康を守るため、所員一丸となって頑張りたいと思いますので、府民の皆様がたの一層のご支援とご鞭撻をお願いします。

 


  ヒスタミン食中毒(アレルギー様食中毒)

柳に「はづかしさ医者にかつおの値が知れる」 というのがありますが、これはカツオを食べてヒスタミン食中毒になったことを詠んだものです。皆さんの中にもしめさばやカツオのたたきを食べて、ヒスタミン食中毒になった方がおられるのではないでしょうか。
 ヒスタミン食中毒は、衛生状態も悪かった1950年初頭までは主要な食中毒の一つでした。現在では低温流通 が普及し大規模な事件は減少しましたが、小さな食中毒は依然発生しています。
 ところで、「サバに当たる」という言葉が普段使われるように、魚自身に問題があるように思われていますが、実は細菌が原因で起こる食中毒なのです。しかし、この事を知っている人はごく少数のようです。

1.ヒスタミンは細菌がつくる

 ヒスタミン食中毒とは、ヒスタミンを大量に含む魚介類を食べることにより、摂食後、数分から2、3時間という短い間に悪心、嘔吐、下痢、腹痛、頭痛、舌や顔面 の腫れ、じんま疹、金属様の味(peppery taste)、めまい感といった症状を起こす食中毒です。このように多くの症状がありますが、実際にはこのうちの2,3の症状しか示さず、長くても1日程度で自然に治ります。どの症状が現れるかは、摂取したヒスタミンの量 や患者の個人差によりますが、心臓や呼吸器に基礎疾患のある人が発症した場合、重症となる可能性があるので注意が必要です。一般 的には、魚肉中に500μg/g以上のヒスタミンが蓄積されると食中毒が起こるとされていますが、感受性の高い人ならば50μ g/gで発生する場合もあります。
 ではなぜ、魚肉中でヒスタミンが増えるのでしょうか?原因となる食品はいわゆる赤身魚(マグロやサバといった血合いが濃い魚)であり、刺身以外でもイワシやサンマの干物やサバ缶 でも起こっています。赤身魚は筋肉中にアミノ酸の一種であるヒスチジンを多く含んでいます。魚を室温で放置していると、ヒスチジンをヒスタミンに変える酵素を持っている細菌(ヒスタミン生成菌)が増殖し、それに伴いヒスタミンも増えるのです。また、魚の腐敗の指標となるアンモニアなどの生成量 がまだ少ないにもかかわらず、ヒスタミンは大量に産生されることがあり、気づかずに食べてしまうと食中毒になるのです。現在ヒスタミン食中毒を引き起こすとされている菌は、もともと人や動物の腸内にいる菌であるため、細菌の汚染は魚が水揚げされてから以降に起こります。

2.ヒスタミン食中毒と食物アレルギー

 この食中毒はアレルギー様食中毒とも呼ばれていますが、これは食中毒の症状がアレルギーの症状に似ているからです。そこで考慮しなければならないのは、たとえばサバを食べて数分後に前述のような症状が出た場合、それがヒスタミン食中毒なのかサバに対するアレルギーなのかを区別 することです。まず、過去にサバを食べて同じ様な症状を示したことがあるかを患者に確認する必要があります。また、皮内テストやサバ特異的 IgE 抗体テストをすれば、アレルギーであるか否かが判断できます。アレルギーならば以後サバを食べないように注意し、単なる食中毒ならば今後もサバが食べられるということになります(当たってからサバが嫌いになったという話をよく聞きますが)。しかし、どちらにしても抗ヒスタミン剤を使えば簡単に治りますし、普通 は症状が軽いことから病院に行くことは少ないようです。

3.冷蔵、そして早く食べるのが一番の予防法

 ヒスタミン生成菌による汚染は意外と高頻度に起こっており、私たちが赤身魚とその加工品を検査したところ、その中の約60%が汚染されていました。ただし、ヒスタミンの検出率は10%未満でした。その結果 を表1に示します。表1のマグロとカツオ生節は、ヒスタミン生成菌は多いにもかかわらず、ヒスタミンは検出されませんでした。

表1 赤身魚およびその加工品におけるヒスタミン生成菌の
    菌数と ヒスタミン濃度 (1999年)

 

検査した時点でヒスタミンを生成していなかったからだと思われます。それに対して、この時のイワシ丸干しでは、細菌も認められ、ヒスタミン濃度もかなり高いものでした。したがって菌に汚染されていても、菌が増殖しヒスタミンを生成しなければヒスタミン食中毒は起こらないということです。
 冷蔵中は菌の増殖およびヒスタミンの生成は完全ではありませんが抑えることができるので、魚が水揚げされてから私たちの口に入る間の冷蔵保存が重要となります。しかし、近年は発展途上国からの魚の輸入が増えており、ヒスタミン食中毒の予防で最も大事だとされる水揚げされてからすぐの冷蔵が適切に行われていない場合があります。この場合、食品中でヒスタミン生成菌がかなり増殖しており、ちょっとした隙に(たとえば買い物帰りの長話の間に)ヒスタミンを生成してしまうのです。また通 常、ヒスタミン生成菌は低温ではヒスタミンを生成できないとされていますが、大量 に菌が増殖した場合は冷蔵中もヒスタミンを生成するとの報告があります。
 赤身魚は買ってきたらできるだけ早めに食べるか、保存するなら冷凍すべきです。ヒスタミンは102℃で3時間加熱しても一部しか壊れないため、「少しぐらい傷んでいても加熱すれば大丈夫だろう」と考えるのは大きな間違いです。

4.最後に

 今日ではヒスタミン食中毒は低温保存の普及により、あまり発生が見られませんが、海外ではHACCP (hazard analysis and critical control point ) を導入して加工品製造における衛生管理を徹底するなど、ヒスタミン食中毒に関してはかなり気を使っているようです。特に我が国では魚を生で食べる機会が多く、ヒスタミン食中毒の予防には消費者の認識も必要になってきます。赤身魚は買った日に食べ、保存するなら冷凍しましょう。

食品細菌課 神吉 政史、食品化学課 吉田 綾子


発行日:平成13年1月5日
発行者:公衆衛生研究所長 江部 高廣
編 集:桑原、野上、小坂、足立、加瀬、岡村
事務局:薬師寺 、渋谷(内線297)