忍び寄る輸入感染症

通が発達して国際交流が盛んになり、海外から多くの人や物がわが国に入ってくるようになりました。快適で便利な生活を営むには結構なことですが、良いことばかりではありません。歓迎しない輸入感染症の侵入の機会が増加しています。それらの中にはウイルスを原因とするものがあり、これを輸入ウイルス感染症と呼びます。侵入(感染)経路としてはいくつか考えられますが、それぞれの経路とウイルス感染症の種類について表2にまとめてみました。

表2 輸入ウイルス感染症の侵入経路と種類
侵入経路
感染症の種類
デングウイルス感染症(デング熱、デング出血熱)、黄熱、A型肝炎、B型肝炎、エイズ、エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱など
食品・生体材料等
A型肝炎、C型肝炎、ウイルス性下痢症、クロイツフェルト・ヤコブ病、エイズなど
動  物
節足動物
狂犬病、腎症候性出血熱、デングウイルス感染症、黄熱、日本脳炎、西ナイル脳炎など

1.人が海外から持ちこむウイルス感染症

 日本人が海外旅行中に現地で感染し、潜伏期間中に帰国して発症するケースなどがこれです。この可能性のある感染症の種類は多く、その代表がデングウイルス感染症です。
 デングウイルスはフラビウイルス科に属し、70種類近くあるこの科の代表的なウイルスです。このウイルスは、熱帯に生息するネッタイシマカという蚊によって媒介され、人に感染しやすいのが特徴です。人→蚊→人のサイクルで感染が拡大し、人口密度が高いほど大きな流行となります。主な流行地は東南アジアと中南米ですが、とくに東南アジアではほとんどの人が子供の時に感染するので、「熱帯のはしか」ともいわれています。これらの熱帯地域を旅行した人が帰国して高熱を発した場合には、まずマラリアやデング熱を疑うのが鉄則と考えます。デング熱の特徴的な症状は突然の高熱と発疹ですが、死ぬことはまずありません。しかし、小児がデングウイルスに感染した場合は、全身に出血傾向を示し、一部はショックを起こして死亡することがあり、流行期には多数の小児が罹患するため恐れられています。筆者は、インドネシアを旅行していた日本人女児がデング出血熱に罹った例を経験しています。
 当研究所は、デングウイルス感染症の診断ができる数少ない研究所で、大阪はもとより他府県の医療機関からデング熱を疑う患者の診断を依頼されることが多くなってきています。わが国の昨年の届け出患者数は18例ありましたが、実数はこれよりもはるかに多いと推測されます。
 エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱は、今まで日本で発生したことはありませんが、患者が国内の医療機関で発見された場合は、深刻な事態になることが予想されます。これらの出血熱は、患者の血液や体液から二次感染する危険性があり、死亡率が高いのが問題です。最初はインフルエンザ様の症状を示すので、早期に診断して迅速に対応することが肝心です。

2.輸入食品や生体材料等から感染するウイルス感染症

 ウイルスに汚染された輸入食品を喫食して発症することがあります。その多くは魚貝類であり、急性肝炎を起こすA型肝炎ウイルス、ウイルス性下痢症の原因である小型球形ウイルス(SRSV)などがこれに該当します。調理の時に、十分に加熱することにより予防することができます。
 一方、血液製剤中には各種のウイルスが混入している可能性があり、輸入血液製剤が原因で発病したエイズはあまりにも有名です。また、最近ではC型肝炎も問題になっています。
 さらに、輸入された硬膜を移植された患者が致命的なクロイツフェルト・ヤコブ病に罹患し、第二の薬害エイズかと問題になっていますが、この病原体はウイルスではなくプリオンという蛋白です。同じプリオンが原因で牛が発病するのが牛伝染性海綿状脳症(狂牛病)です。狂牛病と人のクロイツフェルト・ヤコブ病との関連が問題になっており、現在、日本では流行地(EU加盟国および自国産牛で発生のある国)からの牛肉の輸入を停止する処置を講じています。

3.動物から感染するウイルス感染症

 ウイルスに汚染された動物から人が感染する場合がこれで、海外から持ち込まれたり侵入してくる動物の場合は、国内にはない感染症が発生します。この中で、最も恐れられているのは狂犬病の発生です。
 人の狂犬病は、東南アジア、中南米、アフリカに特に多いようです。日本国内では1957年以降、狂犬病の国産犬の報告は皆無です。しかしながら、日本、イギリス、スカンジナビア半島の国々など一部の地域を除いて世界中で多数の患者発生があり、毎年約5万人が発症し、そのすべてが死亡しています。イヌが主な感染源ですが、ネコも多いのです。そのほか、ジャッカルやコウモリなど多くの野生動物が感染源となり得ます。家畜や特定の動物の輸入には検疫体制がとられていますが、検疫対象とならない種類の動物もあるのが現状です。ペットとして多種類の動物がわが国に持ち込まれており、人がこれらの動物からさまざまなウイルスに感染しても不思議ではありません。今後さらにペットの輸入時の検疫体制を強化することが必要だと考えられます。
 また、昆虫などの節足動物によってウイルスが媒介され、哺乳動物が感染するアルボウイルス感染症としては日本脳炎、デング熱、黄熱などがその代表で、とくに熱帯、亜熱帯地域を中心に地方病的な流行を起こしています。
 しかし、この感染症についての最近の注目すべき事例は、1999年8月下旬に突然、ニューヨーク市でアルボウイルス脳炎患者が発生したことです。このとき7名の死亡例が報告され、人、鳥、蚊から分離されたウイルスを同定したところ、西ナイルウイルスであることが判明しました。アフリカが主な流行地である西ナイルウイルスがなぜニューヨークという大都会に侵入したのか、全くの謎です。
 近年のように温暖化が進むと、日本でも今まで予想もしないウイルス感染症が発生する可能性があり、常に監視を怠ってはいけないと思われます。

ウイルス課 奥野良信