疽菌(Bacillus anthracis)は炭疽病(anthrax)の原因細菌で、これまで家畜の病気として研究され、‘家畜と関連がないヒト’では感染症として検査の対象となることはありませんでした。動物における病原性は牛などの反芻動物にはきわめて強く、何の前駆症状もなく突然に発病し数時間以内に死亡する甚急性(じんきゅうせい)敗血症をおこします。馬、豚にも感染しますが、豚の抵抗性はかなり強く敗血症死はまれです。鳥類は強い抵抗力をもっていますが、実験動物ではマウス、モルモット、ウサギの感受性が高く、感染後数日以内に敗血症死します。

1.炭疽菌の性質

 炭疽菌はグラム染色性が陽性で竹節状の大きな棒状細菌です(写真1)。普通寒天培地に容易に発育し24時間で直径2〜3mmの灰白色集落を形成します(写真2)。また液体培地では綿毛が沈殿しているような発育をし、上層部は透明です(写真3)。培養菌では長い連鎖が観察されます(写真1)が、感染動物由来では連鎖しません。この動物由来菌は栄養型といわれ、O157などの殺菌に使用する消毒薬や加熱温度で死滅しますが、空気にふれると芽胞を形成します(写真1→印)。炭疽菌の芽胞は、それ自身では煮沸や蒸気で100℃ 10分で死滅しますが、乾燥に強く、土壌中では数十年生存します。獣毛や皮革に付着したものは殺菌しにくく100℃ 3時間かかります。また、殺菌には家庭用の漂白剤も有効ですが、獣毛などに付着した状態では長時間を必要とします。
 炭疽菌はコッホ(1876)により初めて純粋培養され、その菌を他の動物に接種し同様の病気を再現させた“コッホの三原則”の最初の菌です。またパスツールら(1881)は、生ワクチンが発病を防ぐことを証明して細菌学の先駆的役割を果たしたことから、炭疽菌の歴史は細菌学の歴史といわれています。

写真1
写真2
写真3

2.炭疽病の病型

 ヒトの炭疽病には3つの病型があります。
 (1) 皮膚炭疽(cutaneous anthrax)は畜産従事者や獣毛、皮革、骨製品の製造、加工の作業者等が受けた擦過傷や傷口へ感染することによって起こります。感染部位に発赤、水疱が現れ、数日後には潰瘍となり黒変します。これが「炭のような黒いかさぶた」であることから「炭疽」といわれます。なお菌種名のanthracもcoal(炭)を意味しています。
 (2) 肺炭疽(pulmonary anthrax)は8,000〜10,000個の芽胞を吸引して起こるとされていますが、感染成立は吸引した芽胞粒子の大きさや、乾燥したエアロゾル状であるか否かなどに影響されると考えられています。初発症状は風邪様で発熱と咳が主ですが、数日後に突然呼吸困難が現れ、ショック状態から3日以内に死亡することが多いようです。潜伏期間は一般的には1〜5日と言われています。1979年には旧ソ連の軍事研究施設から芽胞のエアロゾルが漏出し、風下の住民に多数の肺感染を起こした事件がありました。
 (3) 腸炭疽(intestinal anthrax)は斃死獣肉を加熱不十分で食べることにより起こります。潜伏期間は2〜5日で嘔気、悪寒、発熱、腹痛で始まり血性下痢や吐血が現れます。咽頭部に感染を起こした場合には嚥下障害、頚部リンパ節腫脹がみられます。

3.診断法と検査法

 炭疽病は危険な感染症ですが、ヒトからヒトへの感染はみられず、炭疽病の患者と接触した家族や同僚などへの予防的処置は必要ではありません。ただし、患者と同じ感染の危険性があるヒトには、有効な抗生物質投与が必要です。日常、炭疽菌の検査が必要な場合は、先に述べた何らかの症状があって且つ家畜との関連が疑われる患者に限られます。そうでない場合は、皮膚炭疽であっても、発赤等の初期症状はクモや衛生害虫の刺咬として扱われるのが大部分で、炭疽菌検査は実施されないと思われます。バイオテロリズムに用いられる炭疽菌は、その安定した生存性から芽胞が使用されると推察できます。炭疽菌の検査法は
1)染色、 2)培養、 3)遺伝子診断(病原性に関連の遺伝子領域を調べる)
ですが(表1)、迅速に結果を得ることが必要です。発病すれば致命率が高いため、感染が疑われる場合には検査結果を待たず有効な薬剤を投与します。

表1 炭疽菌の検査法

4.今後の対応

 細菌は大量生産しやすく、扱いやすく、経費もかからないことから、1995年には少なくとも17カ国で生物兵器として研究されていたといわれています。炭疽菌については50年以上も前に、多くの変異株を作り、呼吸器系に侵入、定着しやすい菌株を選別したとする報告があり、さらに、より微細な芽胞の乾燥エアロゾル作製法も開発されているようです。
 今後は予期しない病原微生物を対象とした検査が要求されることを想定し、検査能力の向上、検査体制の整備と発生時の危機管理体制の確立が急務となっています。

微生物課 小林 一寛