水系における環境ホルモン

年、合成化学物質が野生動物や魚類等の生体内の正常な内分泌機能を攪乱する、いわゆる環境ホルモンに関する問題がクローズアップされています。
 河川は、その流域に放出された全ての物質とその分解物を集めて海へ運ぶ経路であり、そこが汚染された場合、生息する野生動物等へ影響を与えます。特に、環境ホルモンの女性ホルモン(エストロゲン)様作用により生殖器形成異常が起こるため、個体数の減少が危惧されている生物の事例もあります。また、ヒトへの影響も疑われ、その原因物質として、有機塩素化合物や可塑剤、界面活性剤等の多くの化学物質が候補に上がっています(環境庁:現環境省「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」)。その候補物質は多岐にわたっており、わが国ではすでに製造や使用禁止の処置がとられているものも含まれ、また、作用メカニズムにも未解明な点が多いことから、現在、関係省庁間で連携した研究や調査の取り組みが行われています。

1.当所の試み

 近畿の水道水源である琵琶湖−淀川水系で、環境ホルモンのうち、とくにエストロゲン様作用物質を取り上げ、平成10年度から大阪府および環境庁の委託を受けて調査しました。対象物質はSPEED'98の候補物質から使用量等を考慮に入れて、合成化学物質59種類、ヒトと動物の共通女性ホルモンである17β-エストラジオール[E2]とその関連化合物、医薬品および植物エストロゲン等37物質、合計96物質を選び、以下の1)から3)の項目について調べました。
 1) 対象物質のエストロゲン様活性(スクリーニング)
 2) 同水系と下水処理場の放流水や汚濁都市河川における対象物質の存在
 3)下水処理場の放流水や汚濁都市河川を含めた水の包括的なエストロゲン様活性

2.スクリーニング

 エストロゲン様活性はバイオアッセイ(酵母two-hybrid法及びヒト乳ガン細胞を用いたMCF-7法)で測定し、活性が検出された化合物について、両法の成績を比較して図1(E2を1,000とした比較強度で表示)に示しました。いずれの方法でも、調査した化学物質には強いエストロゲン様活性を示すものはなく、アルキルフェノール類、ビスフェノールAおよびダイオキシン類等に弱い活性がみられましたが、その強度はE2のおよそ1/1,000〜1/10,000という低いものでした。
 ヒトおよび動物のエストロゲンや女性ホルモン剤には強い活性を示すものがありますが、これらの体外排泄物である抱合体はアルキルフェノール類と同程度の活性でした。また、日常食事で摂取しているダイズ等の植物エストロゲンも低い活性でした。

3.対象物質の検出状況

 化学物質の分析方法は、「外因性内分泌攪乱化学物質調査暫定マニュアル」(環境庁'98)に準拠し、また、ホルモン物質については高速液体クロマトグラフ/質量分析計(LC/MS)で測定しました。その結果、エストロゲン様活性が認められるノニルフェノールとビスフェノール−Aはμg/Lオーダーで検出されますが、ダイオキシン類はpg/Lオーダーしか検出されませんでした。
 ホルモン物質としては、E2とエストロン[E1]がng/Lオーダーで検出されました。このように検出濃度は合成化学物質が高いのですが、エストロ ゲン様活性はホルモン物質の方が1千〜1万倍高いので、検出された物質の濃度をE2と同等の活性濃度に換算して比較してみると(E2等価値)、ホルモン物質の方が1〜2桁ほど高くなります。したがって、試料水中のエストロゲン様活性値には、既知の合成化学物質の影響よりも、ヒトおよび動物由来のホルモンの影響が大きく現れることがわかりました。

4.包括的エストロゲン様活性

 測定結果の一例を表1に示します。下水放流水や汚濁河川には合成化学物質が検出されますが、そのE2等価値の合計以上にホルモン物質が多く検出されました。また、包括的エストロゲン様活性も高い傾向がみられました。汚濁都市河川は特に高い値を示し、対象物質以外のエストロゲン様活性物質が溶存していることを示唆しています。一方、水道水源河川の包括的エストロゲン様活性は低いのですが、個々の対象物質から計算されるE2等価値の合計よりも高くなり、この場合も汚濁都市河川と同様に未知エストロゲン様活性物質の存在が示唆されます。
 しかし、これらのエストロゲン様活性物質は、水道の浄水処理過程の凝集沈殿・砂ろ過処理や塩素処理によって除去されたり分解されて、エストロゲン様活性も消失することが確かめられています。

表1 各種試料水のエストロゲン様活性
 
水道水源
汚濁都市河川
下水放流水
エストロゲン
活性
合成化学物質
0.1
0.6
0.3
ホルモン物質
1.1
3.6
16
包括的エストロゲン活性
3.8
120
17
 それぞれ酵母two-hybride法の測定強度によるE2等価値に
 変換した値(平均値)を示した。(単位はng/L)

5.ヒトへの影響について

 E2等はヒトの生体内で種々の化合物に合成あるいは代謝され、それぞれの生理作用の後、最終的に肝臓でグルクロン酸や硫酸抱合体となり、1日量として男4〜25、女5〜60μg(E2換算)が、主に尿中に排泄されます。このうちグルクロン酸抱合体は、尿中の代謝酵素や排出後の微生物の働きにより遊離体に変化し、下水処理場に到達した時点で活性度が高くなっています。
 しかし、大部分が下水処理場で活性汚泥処理等によって分解されるので、河川水中に検出されるエストロゲン遊離体は1ng/L程度になります。この量はヒトの1日排泄量の5千〜5万分の1程度に該当し、この程度のエストロゲンが摂取されたとしても、ヒトに影響があるとは考えられません。また、エストロゲン様活性がこれよりもさらに3桁以上低いアルキルフェノール類等が、ヒトの内分泌を攪乱させることはないと考えられます。

6.水棲生物等への影響

 魚類におけるエストロゲン作用の兆候として、雌に多く産生されるタンパク質のビテロゲニンが、雄にも検出される事があげられます。琵琶湖-淀川水系の調査によると、コイ等の雄の淡水魚では、その検出率と血液中の濃度はいずれも低いという結果が出ています。一方、生活排水や工業排水が流れ込む近畿の大都市の沿岸の雄の海水魚(ボラ、コノシロやマハゼ)では、他の地域よりも濃度が高いという報告があり、環境ホルモンの影響が疑われています。この原因は、河川水が海域に流入すると、沿岸部では濁質の沈降性が高まるために、底質には種々の化学物質が濃縮され、直接あるいは底棲生物による食物連鎖を通じて魚類に摂取されたためではないかと考えられています。
 ヒトや動物にとって低い濃度であっても、個体重量や許容量が異なる水棲生物にどの様な弊害が及ぶかについて、不明な点が多く残されています。

環境衛生課 鵜川 昌弘、宮野 啓一