難燃剤PBDEsによる環境汚染について

 

年、残留性の高い有機ハロゲン系の難燃剤(ポリ臭素化ジフェニルエーテル:PBDEs)や撥水剤(パーフルオロオクタンスルホン酸:PFOS)による新たな環境汚染の進行が世界的な問題となっています。本稿ではPBDEsを取り上げ、その毒性や汚染実態について述べたいと思います。

1.PBDEsとは

 難燃剤は、可燃性物質であるプラスチック、ゴム、木材、繊維等を燃えにくくするために用いられる物質で、火災予防や人命保護のために使われてきたものです。PBDEsは、有機臭素系難燃剤の1種で、世界中で大量に使用されてきた主要な難燃剤です。世界的に流通しているPBDEsは臭素含量の違いによってペンタ-BDE、オクタ-BDE、デカ-BDEの3種類に大別され、このうちペンタ-BDEについてはメーカーの自主規制により、現在日本では使用されていません。

 

ポリ臭素化ジフェニルエーテル
(PBDEs)
Polybrominated diphenyl ethers


m+n=1〜10

● 主な工業原体
・ペンタ-BDE4〜6 臭素化物主体の混合物
・オクタ-BDE6〜9 臭素化物主体の混合物
・デカ-BDE9〜10  臭素化物主体の混合物

図1 大西洋周辺の海棲生物中PBDEs濃度
  PBDEs濃度= 4・5臭素化物の主要異性体3種類
の合計 de Boer et al., 1998
.

         

2.PBDEsの毒性

 前述した3種類の工業原体はいずれも急性毒性・慢性毒性が低く、変異原性や発がん性も極めて弱いことが知られています。一方、生物蓄積性はPBDEsの種類によって異なっており、デカ-およびオクタ-BDEがほとんど生物に蓄積しないのに対して、ペンタ-BDEはポリ塩化ビフェニル(PCBs)に匹敵する高い蓄積性を示します。 ラットに3種類のPBDEs(ペンタ-、オクタ-、デカ-BDE)を投与した実験で、ペンタ-BDEとオクタ-BDEには血中の甲状腺ホルモン濃度を低下させる作用があることが報告されています。甲状腺ホルモンは神経発育に重要なホルモンであり、胎児・新生児期におけるこれらの欠乏は深刻な健康影響を及ぼすことがあります。新生仔マウスにペンタ-BDEの主成分を大量投与した実験で、回復不能な脳神経機能の障害(学習障害・行動異常)が報告されており、ヒトの場合でも胎児や新生児期におけるPBDEsの大量暴露によって同様の障害が引き起こされることが懸念されます。

3.拡大するPBDEs汚染と今後の課題

 近年,大西洋の深海に生息するマッコウクジラの体内から比較的高濃度のペンタ-BDE成分が検出され、ペンタ-BDEによる海洋汚染が深海域にまで広がりつつあるのではないかと指摘されました(図1)。さらに、海外で野生生物や人体中のPBDEs濃度が急上昇していることが次第に明らかにされ、PBDEs汚染実態の解明が急務となりました。

 当所では1980年代から環境中のPBDEsのレベルを先行的に調査してきました。そして最近、近海産の魚介類およびヒト母乳中のPBDEs濃度の調査結果を発表しました。これまでの調査結果を総括しますと、近年の大阪府および日本の平均的なPBDEs汚染状況はスウェーデンと同程度であり、汚染の進行が著しい北米地域と比べると1〜2桁低いレベルに留まっています。また、府内の初産婦母乳中のPBDEs濃度は1990〜2000年代にかけてほぼ頭打ちの状態(乳脂肪1グラムあたり約1〜2ナノグラム)で推移しており,直ちに乳児への健康影響が問題となるような残留レベルではありませんでした(図2)。

 日本では1990年代初頭から難燃剤業界が率先してペンタ-BDEの使用を自粛してきたため、汚染の深刻化を免れたと考えられます。一方、アメリカでは依然としてペンタ-BDEの需要量が多く(図3)、現在ではアメリカとその周辺が最もペンタ-BDEによる環境、人体汚染が深刻な地域と考えられています。世界的なペンタ-BDE汚染の拡大に歯止めをかける意味でも、今後アメリカの産業界がこの問題に対してどのように対応するかが注目されます。

図2 大阪府及びスウェーデンにおける 母乳中PBDE濃度の経年変化
 PBDEs濃度=3〜6臭素化物の主要異性体8種類の合計値
  D.Meironyte et al.,2001.

図3 諸地域におけるペンタ-BDEの
推定年間需要量(2001年)
   Bromine Science and Environmental Forum(BSEF),2003.

 なお、難燃樹脂製品からのPBDEsの環境流出メカニズムや環境中におけるPBDEsの挙動(移動性、分解経路、分解速度)、輸入食品・輸入難燃製品を介した人体汚染の実態については未解明な点が多く、今後各地域のPBDEs汚染レベルがどのように推移するか単純に予測することは難しいのが実情です。

 以上の観点から広域的・長期的なPBDEsのモニタリングが必要であり、当所では今後も府内のPBDEs汚染状況を監視していく予定です。

食品医薬品部食品化学課 阿久津 和彦