母乳中の残留性有機汚染物質(POPs)の変遷

化学工業の発展に伴い、石油を原料とした多くの有機化合物が合成・多用され、人類は多くの恩恵と、様々な利便性を獲得してきました。PCBは「燃えない油」という特徴から、コンデンサー等の絶縁油、熱媒体、ノーカーボン紙の溶剤等に使用されました。DDT、HCHは安価で殺虫力が強く、太平洋戦争後、病害虫駆除のため多用されました。これら有機化合物は、当初「夢の化学物質」と言われ、我が国の高度経済成長の一躍を担ってきましたが、難分解性のため自然環境中に残留し、生物に様々な影響を及ぼしていることが、1962年「沈黙の春」(レイチェル・カーソン著)で紹介されました。
 これを契機に多くの調査研究が行われ、長期に渡る環境への残存性、ヒトに対する発癌性が指摘され、ヒトの母乳までが汚染されていることがわかりました。近年では、エストロゲン様作用を持つ内分泌かく乱物質として再び注目されています。

1.母乳中の有機塩素系環境汚染物質の経年的推移

図1
図1 母乳中の有機塩素化合物濃度の経年変化

1972年から31年間、大阪府在住初産婦の母乳中有機塩素系化合物(β-HCH, DDE, DDT, PCB, HCB, ディルドリン, クロルデン類)の汚染調査を継続して行ってきました。これらPOPsの汚染レベルは、年々減少していますが、31年間の減少率は化合物間で大きく異なります。最も母乳汚染のレベルが高かった70年代に比べ2002年度では、β-HCHは約1/25、DDTは1/10、PCBは1/5に減少しています(図1)。残留性の強さを判定するには、それらの摂取量を把握しなければ正確ではありませんが、母乳汚染に関しては、PCBの残留性がこれらPOPsの中では最も高いことがうかがえます。

2.ダイオキシン類による母乳汚染の経年的推移

図2
図2 母乳中のダイオキシン類濃度の継時変化

ダイオキシン類(PCDDs、PCDFs、Co-PCBs)は、廃棄物の焼却過程や有機塩素化合物の生産過程で非意図的に生成される猛毒の化学物質で、1980年代以降大きな社会問題となりました。 私達は、前記の母乳調査から得られた冷凍保存乳脂肪を用いて、1973年から2000年まで28年間の母乳汚染の推移を明らかにしました。乳脂肪中のダイオキシン類TEQ(毒性当量)濃度は、1974年を最高に年々減少しています(図2)。しかし、同族体・異性体によりダイオキシン類の汚染源が異なること、燃焼起源由来のダイオキシン類の減少率は大きくないことが分かりました。

3.母乳中PCBの同族体・異性体別の経年的推移

PCBは塩素の数と置換位置により理論的に209種の同族体・異性体が存在し、ヒトへの蓄積性や毒性は大きく異なります。近年、ダイオキシン類の定義には属さず、母乳中で最も濃度の高いPCB#153に甲状腺ホルモン攪乱作用の可能性が報告されています。従って、ダイオキシン類以外のPCB類(non Co-PCBs)による母乳曝露も重要な問題です。保存母乳脂肪を用いた分析結果から、PCB構造中の2,4,5位に塩素を持つものほどヒトに吸収されやすいこと、塩素数の多いPCB(六塩化,七塩化PCB)は塩素数の少ないPCB(四塩化,五塩化PCB)に比べ、ヒト脂肪に蓄積されやすいことが判明しました。
 母乳のPOPs汚染は過去31年間で減少し、これまでのところ母乳中POPsによる明らかな所見が乳児に見られないことから、「母乳の危険性」よりも「母乳の栄養・免疫性等の有用性」の方が優っていると考えられています。しかしながら、
 1)ダイオキシン類汚染が継続していること
 2)内分泌系や免疫系への影響評価が不十分なこと
 3)異性体ごとの地球環境規模の調査が必要なこと
 4)廃棄・焼却処分が未完了であること
等を考えると、今後とも地球環境からの排除、汚染の低減化に向けた努力を続けることが、自ら作り出した不要な人工化学物質に対し人類が果たすべき責務ではないでしょうか。

* 略号一覧

PCB Polychlorinated biphenyl
Co-PCB Coplanar-PCB
DDT Dichlorodiphenyltrichloroethane
DDE Dichlorodiphenyldichloroethane
HCH Hexachlorocyclohexane
HCB Hexachlorobenzene
HCE Hexachloro epoxide
PCDD Polychlorinated dibenzo-p-dioxin
PCDF Polychlorinated dibenzofuran

食品医薬品部食品化学課 小西 良昌
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