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農薬の規制とポジティブリスト制度

平成15年5月に公布された「食品衛生法の一部を改正する法律」に基づき、平成18年5月29日から食品中の残留農薬基準として、ポジティブリスト制度が施行されることになっています。その「ポジティブリスト」制度がどんなものなのか、農薬に関するこれまでの経緯と併せて紹介しましょう。

1.農薬の歴史

農業の歴史は古く、有史以前に狩猟や採取よりも安定して食糧を得られる方法として作物生産を始め、これによって文明が発達することになりました。ところが農作物を育てると、人間以外の動物や昆虫による摂食、病気や悪天候による生育不良といった問題が発生します。人類は長年にわたってこの問題に悩まされてきました。1840年代後半のアイルランドでは、数年にわたって主食のジャガイモに疫病が大発生して、10年間に百万人の餓死者と百万人の移民を出す大飢饉になりました。
 19世紀末に化学農薬の第一号といわれているボルドー液*1がフランスで発見され、一部の作物の疫病を防ぐことができるようになりました。日本でも明治維新後に欧米の技術が導入され、ボルドー液のような無機化合物や、除虫菊のような天然由来の物質が農業に利用されました。昭和に入ると有機合成農薬が使用されるようになり、第二次大戦後は食糧増産のために不可欠なものとなりました。

今日、害虫や病原菌の被害を受けずに食糧が生産され、高品質な農産物が安定的に供給されていることは、農薬を含めた植物防疫技術の発達抜きには考えられません。

2.農薬取締法

「農薬」は農薬取締法で定義され、農作物等を害する病害虫の防除に用いられる薬剤と、農作物の生理機能の増進又は抑制に用いられる薬剤が該当します。同じ有効成分を使用していても、農業目的でない、家庭用の蚊やゴキブリ、シロアリ用駆除剤等は「農薬」としての規制を受けません。農薬取締法は、ニセ農薬を取り締まり、農薬の品質を確保するために昭和23年に制定されました。この時期の有機合成農薬の中には、残留性の高いものや急性毒性の強いものがあり、社会問題となったため、次第に農薬の安全性を確保する法律へと変化してきました。そして、農薬は代謝試験や毒性試験、残留性の試験など、様々な試験結果で問題が無いことを確認したものだけが、農林水産省へ登録して販売を許可されるようになりました。登録期間は3年間で、更新しなかった農薬は登録抹消され、販売できなくなります。
 毒性試験では動物実験でその影響が調べられ、毎日摂取しても動物に影響のみられない量(無毒性量)が求められます。これにヒトと動物の種の違いによる差があるかもしれないため、安全係数として100分の1をかけて人間の一日許容摂取量(ADI)を算出しています。新しく開発される農薬は昔と比べて毒性が低いものが多く、ADIも高くなっています。

3.食品衛生法

図1
図1 残留基準値設定農薬数の推移

食品中に残留する農薬については食品衛生法で規制されています。現在の食品衛生法のリストは農産物を133種類に分類し、それぞれ多数の農薬についての残留基準値が決められています。残留基準値は、日本における各食品の摂取量や各農薬の使用実態とADIを考慮して作成されていて、規定通りに農薬を使用していれば、残留基準値を超えて残留しないようになっています。残留基準値の設定された農薬が、基準値を超えて残留していた場合には、その食品の流通を禁止することになります。言い換えると、「リストに載っている値を超えると違反」になります。
 そもそも農薬は、農薬取締法で使用する農作物と病害虫の組合わせが決められているため、この組合わせにないものは残留基準値を設定しておらず、基本的に取締りの対象外でした。それでも、新規農薬の登録や輸入食品の増加に伴い、ここ10数年で規制対象の農薬数は10倍にも増加し、今では約240の農薬の残留基準値が設定されています。(図1)

4.ポジティブリスト制度について

「食品衛生法の一部を改正する法律」により、平成18年5月末には、500以上の農薬について基準値が設定されます。同時に食肉中の動物用医薬品も200以上で残留基準値が定められます。さらに、前述の食品と農薬の組合わせ以外でも、基準値を設定して規制することになります。言い換えると「リストに載っている値以下なら流通を許可」となり、「残留を許可(ポジティブ)されるリスト」という意味でポジティブリスト制度と呼ばれています。この制度により、従来ならば残留基準値が設定されている農薬だけが規制対象となっていたのが、リストに載っていない農薬等も含めた、全ての農薬等が規制対象に含まれることになります。
 ポジティブリスト化によってリストに載っている物質は増えますが、実際問題として全世界の食品で数百種類の農薬が残留している訳ではありません。リスト外の農薬の残留が違反となるため、諸外国の使用実態や残留基準等を参考にした結果、数百種類になってしまった、という状況です。これまでのところ、各種検査機関の報告書を見ても、実際に農薬が検出される率は低く、その残留値もほとんどが基準値の1割以下となっています。
 当所食品医薬品部食品化学課でも、多成分一斉分析法を用いて効率的な食品中の残留農薬分析に取り組んでいます。また、GC*/MS*やLC*/MS/MSといった分析機器を整備導入し、今後の分析体制の拡充を図っているところです。

*1 ボルドー液

フランスのボルドー地方で、栽培しているブドウが盗まれるのを防ぐために、硫酸銅をかけて色を悪く見せようとして、殺菌作用が見いだされました。 生石灰を水に溶かしたところへ、硫酸銅液を少しずつ加えて作成する。発見から120年以上経過した現在でも用いられています。

*GC:ガスクロマトグラフィー

*LC:液体クロマトグラフ

*MS:質量分析装置

食品医薬品部食品化学課 起橋 雅浩
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