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医療従事者における抗がん剤の職業的曝露について

悪性腫瘍の治療に用いられている抗がん剤は、患者さんにとってなくてはなら
ないものです。抗がん剤の多くは、細胞内の遺伝子を障害する、あるいは細胞分裂を阻害することによりがん細胞に対して効力を発揮しますが、がん細胞だけでなく一部の正常細胞にも影響を及ぼします。抗がん剤を取り扱っている医療従事者は、抗がん剤を職業的に被曝する危険性があります。近年、医療従事者の間で抗がん剤の職業被曝に対する関心が高まっていますが、これまで国内の事例で報告されているものはごく少数であり、まだまだ実態が不明のままです。

1.汚染状況および曝露状況に関する実態調査

日本病院薬剤師会は、抗がん剤取り扱いに関するガイドラインを1991年に策定した後、2005年、'07年および'09年に改定を行っていますが、病院ごとに抗がん剤の取り扱う職場環境は異なっているのが現状です。私達は大阪府内の3病院(A〜C)に設置された抗がん剤調製室の抗がん剤濃度および薬剤師の抗がん剤曝露量を測定し、薬剤取り扱い方法と職場環境汚染との関連を調べました。

まず、以下の4項目を測定しました。
 1) 抗がん剤調製室内の抗がん剤濃度
 2)調製室内の安全キャビネットの拭き取り液中の抗がん剤濃度
 3)調製室内のエアコンのフィルタに付着したホコリ中の抗がん剤濃度
 4) 抗がん剤を調製する薬剤師(A病院…5名、B病院…2名、C病院…2名)の1日尿中に含まれる抗がん剤量
測定対象薬剤としては、病院で多く取り扱われているシクロホスファミド(CPA)、フルオロウラシル(5FU)、ゲムシタビン(GEM)および白金製剤(Pt)を選択しました。

その結果(表1)、病院Aでは安全キャビネット作業面から4種類すべてとエアコンフィルタのほこりからCPAおよび5FUが検出されました。エアコンは自動運転ではなく、フィルタの交換も2年間行われていなかったため量的なことは言えませんが、調製時に漏れた抗がん剤が空気中のほこりに付着して室内を漂っている可能性が示唆されました。病院Bでは、安全キャビネット作業面から4種類の抗がん剤すべてと安全キャビネット内の空気試料からPtが検出されました。また、調製者1名の1日尿からCPAが11ng/日検出されました。一方、病院Cの空気、安全キャビネット作業面、エアコンフィルタ拭き取りおよび薬剤師の尿試料から薬剤は検出されませんでした。

表1 病院内抗がん剤調整室における抗がん剤濃度測定結果
表1 病院内抗がん剤調整室における抗がん剤濃度測定結果

そこで、汚染が少なかった病院Cと汚染が見られた病院AおよびBとの抗がん剤取り扱い状況の違いを調べました。病院Cの薬剤取扱量は、病院A、Bの約2分の1から4分の1と少ない量でした。病院A、Bは安全キャビネット内を、消毒用アルコールのみで清掃していたのに対して、病院Cでは毎日の清掃で消毒用アルコールによる清拭の前に水拭きを2回行い、さらに週末の清掃には0.03M水酸化ナトリウム液による清拭を行っていました。

このように、調製室内の抗がん剤汚染は薬剤の取扱量と安全キャビネットなど調製室内の設備の清掃方法に影響されていることがわかりました。

2.薬剤部内での抗がん剤汚染について

抗がん剤による汚染がどこまで広がっているのかを把握するために、病院薬剤部内に抗がん剤調製室を設置している病院の薬剤部内全域を対象に、抗がん剤の拡散状況を調べました。まず、事前に薬剤部職員にアンケート調査を行い、抗がん剤の汚染が心配された備品等を中心にサンプリングし、CPA、5FU、GEMおよびPtについて分析しました。(なお、調製室に持ち込まれた抗がん剤は、安全キャビネット内で調製された後、調製室の外部にある調剤室で最終監査を受け、外来化学療法室もしくは病棟に運搬されていました。)

その結果、調製室入り口ドアノブ、調製室入り口床、調製室へ搬入する箱、注射剤調剤用ワゴン、調製済み注射剤監査用ワゴン、搬出用ドアノブ、一般剤調剤台、職員用トイレ床、食事用テーブル、職員用机およびベッドから1種類以上、抗がん剤が検出されました。通常、薬剤を保管していないテーブルなどから抗がん剤が検出されたことから、薬剤師の衣類などに付着した抗がん剤が薬局内で拡散したことが示唆されました。

3.まとめ

今回の調査から、抗がん剤汚染は、調製室のみならず薬局内全体に広がっていることがわかりました。抗がん剤の汚染量はその取扱量に深く関連しており、汚染を減らすためには調製室内の安全キャビネットなどの設備を適切な方法で清掃することが必要だと考えます。なによりも病院薬局は有害な化学物質を取り扱う職場であることを再認識する必要があるのではないでしょうか。

今後も医療現場の方と共同で、安全に抗がん剤を取り扱えるような職場環境を構築するために調査研究を継続して行きたいと思います。

衛生化学部生活環境課 吉田 仁