HOMEページ公衛研ニュース > 私たちの暮らしと化学物質

私たちの暮らしが快適であるのは、大きく化学の力に依存しています。アスピリンやブチルナフタレンスルホン酸など1900年頃に登場した医薬品や洗剤に始まり、高性能の物質がつぎつぎ生み出されています。例えば今、一般に市販されているシャンプーの容器の表示を見ると大抵15〜20成分の名称が記載されています注)。アメリカ化学会が世界中の化学物質に関する公開情報を収集しているケミカルアブストラクトサービスには、2015年12月現在1億300万件を超える化学物質が登録されています。このうち、工業的に製造され市場に流通している化学物質は10万種類ともいわれています。化学物質は原料・製造・流通・販売・消費・廃棄という一般的な商品のライフサイクルを通して管理されますが、各段階での管理が不適切になると、化学物質は生体や環境へ予想外の作用をしてしまうかもしれません。また、化学物質には私たちの生活の時間的尺度を大きく超えて分解しない物もあります。私たちは化学物質の影響についてどのように考えていけばよいのでしょうか。
 国際的な取組みについて紹介しますと、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で、地球環境の悪化防止に取組むための世界的な合意が成立しています。この中に、深刻、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合、その被害の発生が科学的に確実ではないという事実を理由に対策を先延ばしにしてはならないという「予防原則」という考え方が盛り込まれました。この合意は以後の国際的な取組みの出発点となり、行動計画には化学物質によるリスクを評価し、そのリスクをどのように低減していくかが示されました。残された課題や新たに顕在化した課題を取り込みながら取組みは強化され、本年も新たに、持続可能な開発目標が設定されています1)。国内における化学物質管理もこの取組みに調和する形で、有害性の強さに基づく規制から、リスク評価に基づく管理へと変化しています。図は国内でも普及している国際的な化学品の分類および表示の例です。これまでと同様の高リスク物質の規制措置はもちろん、化学物質の適切な管理手法の普及と、膨大な数の化学物質への優先順位付け・優先物質からのリスク評価が進められています。また人間に対するリスクに限らず、生態系へのリスクを考慮した措置もとられはじめました。今も新規化学物質数は増えていますが、様々な環境政策や事業者の自主的な取組みの結果、国内で管理の対象とされる化学物質の排出総量は減少傾向にあります。
 国際的な取組みに調和し、最新の科学的知見に基づき必要な措置がとられる一方で、化学物質の健康や生態系への影響には必ず一定の不確実性が残ります。これまで安全と考えられていた物質が、そうでなかったことが明らかになることもしばしばあります。化学物質は審査され、有害性や分解性等が決められた手順に従って調べられますが、商品としてのライフサイクルは多様化しておりすべての場合について調べることはできません。見落としを最小化するためには、幅広い視点からの検討が欠かせません。地方公設衛生・環境研究所では、新たな規制や管理手法の変更に対応するため、検査体制の整備に取組んでいますが、それ以外にも私たちの住む地域の実情に合わせた独自の視点から化学物質調査に取組んでいます2)。今回はその中でも調査対象とする化学物質を事前に限定しない手法を紹介します。一般的に化学物質の調査では使用量や生体への作用の強いものなど事前の情報に基づき調査対象を選択しますが、この手法では化学物質の数が膨大であるために、本当にリスクの高い化学物質が調査対象から外れる可能性もあります。一方、近年の分析機器の進歩やデータ解析は飛躍的に発展していて、検出可能な物質すべてを解析することも可能となってきました。大阪市内の河川についてこの手法を適用したところ、洗剤の成分や、高血圧治療薬や抗菌薬などの医薬品を始めとした私たちの暮らしに身近な化学物質が数多く見つかりました3)。最も強いシグナルで検出された物質は規制対象でもあるアルキルベンゼンスルホン酸(洗剤)でしたが、加えて、新しいスルホベタイン系の洗剤等も見られました。実際の環境にどういった化学物質が存在しているかという現場からの情報は、リスク最小化を実現するためのこれまでの環境政策や様々な取組みを補完できるものと期待されます。これまで環境汚染として考えられてきたダイオキシンや水銀は身近なものとは言えませんでしたが、生活に身近な化学物質がどのように環境中に存在しているかを知ることは、私たちの暮らしにおける化学物質を見直す機会にできるのではないでしょうか。



図. GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)
による危険有害性を示すピクトグラム



注)医薬品医療機器等法第61条により化粧品は成分の名称を表示する必要があります。シャンプーは頭髪用化粧品の分類であり、一般的な化粧品と同様、名称の表示が必要な成分は平成12年厚生省告示第332号により原則、配合されている成分すべてとされています。

参考資料
 1) 持続可能な開発のための2030アジェンダ http://bit.ly/1PMXQfA
 2) 公衛研ニュース 35号、47号、50号
 3) A. Yamamoto et al. Mass Spectrometry A00x, 5, 2016.


大阪市立環境科学研究所 調査研究課都市環境グループ 山本 敦史