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 内分泌かく乱化学物質はいま

の書棚に「生と死の妙薬(SILENT SPRING 沈黙の春)」という本があります。

1962年にレーチェル・カーソンが、“残留性を持つ農薬に汚染された鳥が鳴かない春”を警告したものです。その後、この警告が契機となってDDTやBHC等の農薬や化学物質の規制が行われました。30年後の今、シーア・コルボーンらは「奪われし未来」(1996)の中で、内分泌系を通じた化学物質による人類の未来への影響に警鐘を鳴らしています。この問題は日本では昨年になって大ブレイクを起こし、給食の食器やインスタント食品の容器への懸念が叫ばれました。わが国でも急きょ環境庁の研究班中間報告(1997.7)や厚生省の検討会中間報告(1998.11)がまとめられました。

 ホルモンは生体の恒常性、生殖、発生、行動に関わり、エストロゲン(女性ホルモン)、アンドロゲン(男性ホルモン)、甲状腺ホルモンなど数多くのものがあります。内分泌かく乱化学物質には、これらのホルモンと類似の作用をするもの、作用を阻害するもの、代謝に影響するものがあり、ダイオキシン、PCB、種々の農薬、プラスチック原料のビスフェノールA、界面活性剤の分解物ノニルフェノールなど数十種が知られています。

これまでの知見では、フロリダの湖のワニのペニスの矮小化や卵のふ化率の低下、五大湖のカモメの性比の変化や、また、わが国での巻き貝のイボニシやレイシガイで雌に雄の性徴が出現することとの関連などが指摘されています。一方、人間では、精子数の減少、子宮がん、子宮内膜症、乳がん、前立腺がん、精巣がん、尿道下裂などに関係しているのではないかといわれています。しかし、特に人間への影響の有無については科学的なコンセンサスが得られておらず、研究の進展に待たねばならない点が多いといえます。

 今後必要な研究について、厚生省検討会中間報告の中で、かく乱作用が指摘されている物質では、暴露経路の調査、代謝試験、多世代繁殖試験、危険性評価が、影響が未知の化学物質では、ロボット技術を用いたハイスループット(大量迅速)スクリーニングと優先順位付け、および各種試験の実施があげられています。当研究所でも、これまでの研究経験を生かして研究に取り組み始めたところです。

■ 作用機序の一例

エストロゲンなどは細胞内の受容体(レセプター:ER)に結合し、この結合体が核のDNAに働いて、ホルモン作用をする蛋白質が合成されます。内分泌かく乱物質にはこのレセプターに結合しホルモンと類似の作用をするもの、ホルモン作用を阻害するものなどがあります。

副所長 織田 肇 


 最近の結核事情

核はかつて国民病と言われていたくらいに広く蔓延し、恐れられた病気です。しかし、よく効く薬が開発され患者が減っていくのに従い、「結核は過去の病気である」として、ほとんど関心が持たれなくなりました。ところが最近になって、その“過去の病気”が新聞やテレビで報道されることが多くなってきました。今なぜ話題になるのか、その現状について概説します。

1.結核の現状

 わが国の結核による死亡者は、戦後の混乱の続く1950年まで年間10万人を超えていました。その後、栄養や衛生状態の改善、化学療法の普及、1951年に改正された結核予防法に基づいた健康診断、ツベルクリン反応検査、BCG接種、医療費の公費負担による治療の徹底、患者の登録・管理指導などの施策により、死亡者数は着実に減少してきました(図1)。

しかしながら、1997年現在、依然として新しい結核患者が42,715人も発生しており、死亡者数も2,736人にのぼっています。結核はまだまだ過去の病気ではないのです。

 年齢別の患者数推移を見ると(表1)、最近は高齢者に偏る傾向にありますが、20歳以上の年齢層の罹患率も依然として高く、特に20〜29歳および30〜39歳の罹患率はここ数年ほとんど変化がありません。わが国の結核は決して高齢者だけの問題ではないのが現状です。

 

2.結核菌の病原性

 結核は、結核菌という大きさが1〜4μmぐらいの細菌によって引き起こされる感染症です。結核菌は体のいろいろな部位に感染する可能性がありますが、多いのは肺結核です。このほか、髄膜炎を起こしたり、骨に感染してカリエスを起こすこともあります。

 ところで、結核菌に感染しても発病する人は10〜20%ぐらいで、他の人は発病しないですみます。発病は感染後1年以内が最も高率で、6〜8カ月ぐらいにピークがあります。その後発病する率は低くなっていきますが、数十年後に発病することもあります。また、発病しなかった人も、終生からだの中に結核菌を持ち続けることになります。

 肺結核の主な症状としては、発熱、せき、たん、疲労倦怠感、体重減少等がありますが、これらの症状を示さない場合も多くあります。しかも、一時的に症状が改善したように見えながら悪化するため、本人も気がつかないうちに周囲に感染を広げてしまっていることもあります。わが国では、新発見患者の80%以上が自覚症状により医療機関を受診して発見されています。もし、せき、たんが2週間以上続く場合は、診察を受けることが必要です。

3.診断法

 結核の診断は、問診、臨床症状、X線検査、ツベルクリン反応検査、血液検査および細菌検査等から総合的に判断して行われますが、最も確実な診断は患者から結核菌を検出することです。

 従来は、患者の喀痰などの材料中の結核菌を染色して顕微鏡で観察する塗抹染色検査法と、試験管の中で結核菌を増殖させる培養検査法が実施されてきました。しかし、塗抹染色検査法では検査材料中にかなりたくさんの結核菌がいないと検出できません。また、培養検査法では結核菌の発育が遅いため4週間程度の期間を必要とする等の欠点がありました。

 現在では、検査材料中の微量の結核菌の遺伝子を増幅して検出する方法が開発されています。この方法は短時間で非常に高感度に結核菌を検出できます。

4.治療法と薬剤耐性

 1944年に結核菌に効果のあるストレプトマイシンが開発されてから、結核は薬による治療が可能な病気になりました。1960年代の治療法は長期間の入院および2〜3年の投薬を必要としました。その後、強力な抗結核薬が発見され、現在では結核の標準治療期間は約6カ月と短くなっています。同居者への感染防止、薬の服薬の徹底、副作用の観察のため、最初の2カ月程度は入院治療が原則となりますが、その後は外来通院で治療が可能です。この6カ月間の治療をきちんと行えば、100人のうち98人は治ります。

 しかし、服薬が不規則であったり、途中で中断した場合は、治療が困難になることが多く、再発の可能性も高くなります。さらにこの場合問題なのは、結核菌が変異して薬剤耐性化している確率が非常に高いことです。薬の効かない結核菌(薬剤耐性結核菌)に対しては決定的な治療法がなく、永続排菌や死亡にいたることも多くなります。アメリカでは、ヒト免疫不全ウイルスに感染し抵抗力の低下した人などの間で薬剤耐性結核菌の集団感染が起こり、多数の死亡者が出た事例も報告されています。

 幸いなことにわが国では、初めて結核にかかった患者から分離された結核菌が薬剤耐性菌である確率は低いので、治療を確実に行い薬剤耐性結核菌をつくりださないことが重要です。

5.結核集団感染

 表2は最初の集団感染事件が発生した1937年から1997年までの間に医学誌や学会に報告された161事例を集計したものです。1970年以降、結核患者数の減少に反して、集団感染事例の増加が認められています。患者数が減少しているのに集団感染が増加する理由は、以下のように考えられています。

 『通常、一度結核菌に感染した人が再び感染することはほとんどありません。1950年頃は20歳で約54%、40才で約80%の人が結核菌に感染していました。このように既感染者の多い集団では未感染者が少なく、結核集団感染事件は発生しにくい状況にありました。その後、新規感染者の減少に伴い既感染者の割合が低下し、20歳では約98%が、また40歳でも約85%が未感染という状況になりました。未感染者の多い集団で結核患者の発生があれば、当然、感染が拡大する可能性が高く、集団感染が起こりやすくなります。また、わが国では、結核の流行期に感染を受けた高齢者が多数いますが、体力や免疫力の低下に伴い結核が再発することも多く、そのため感染源が少なくならないという事情も影響しています。』

 世界中で結核が少ない国の1つであるオランダでも、毎年10件程度の集団感染が報告されています。日本がこの状況に達するのはまだまだ先のことで、当分の間集団感染の発生が続くと考えられます。

 日本における結核の根絶は、現状のまま推移すれば2060年頃と推定されています。しかし今、対策を怠って感染者を減らすことができなければ、その時期がさらに遅れることになります。特に大阪府は結核死亡率、罹患率共に全国ワースト1であり、多方面からの効果的な施策の実行が望まれています。

微生物課 勝川 千尋


 ウイルス性食中毒

中毒といえば、大抵のひとは細菌やフグ毒などを想像されると思いますが、ウイルスも食中毒を起こすことが知られるようになりました。食中毒の原因となるウイルスはいろいろありますが、最近とくに注目されているのがヒトカリシウイルスです。これらのウイルスは一般的には小型球形ウイルス=SRSVと呼ばれていますが、現在ではカリシウイルスに分類されています(写真参照)。冬季に発生する食中毒の大部分はウイルスを原因としていますが、その中でも90%以上がヒトカリシウイルスによって起きています。そしてその多くは生カキ(牡蛎)の喫食と関連していることが判ってきました。このような事情から、平成9年5月に食品衛生法が一部改正され、食中毒の原因として小型球形ウイルスなどが追加されました。

1.ヒトカリシウイルスによる食中毒とは

 原因食物を摂取して24〜48(平均40)時間あとに突然吐き気に襲われます。風邪様症状が伴う場合もあります。そのあと嘔吐(子供に多い)や下痢(大人に多い)が1日ぐらい続きますが、このとき糞便中にウイルスが排泄されていますので、家族などに経口的に二次感染する恐れがあります。

2.カキなどの魚介類とウイルス

 ヒトカリシウイルスは晩秋から初冬に流行期があり、ヒトからヒトへと感染していきます。小腸で増殖したウイルスは糞便中に排泄され、下水から海域へと流出してゆきます。この時期海に生息する生物はこのウイルスに暴露されます。このため、海水中にごく微量含まれるウイルスが貝の中腸腺に蓄積されてゆき、出荷された未加熱のカキなどを食べることにより感染を受けてしまいます。これが冬季にウイルス性の食中毒が多い理由です。ちなみに、沿岸部で養殖されているカキ、ホタテ貝、はまぐりなどの二枚貝は、1日に120〜600リットルもの海水を体内に循環させているといいますから、驚きです。

3.カリシウイルスの検査法

 歴史は比較的新しく、アメリカで電子顕微鏡(EM)によってノルウォークウイルス(Norwalk virus)が発見されたのが1972年のことでした。当所でも20年ほど前から全国に先駆けて、EMによるウイルスの検出に努め、大阪府内でKY89、OTH25株といったウイルスを発見しました。

 最近では遺伝子診断法が発達し、食中毒の検査にも高感度で迅速なRT-PCR法が応用されています。当所では、昨年度に食中毒菌が検出されなかった22の集団発生事例のうち17例からSRSVを検出しました。このウイルスは非常に微量で感染を起こすと考えられていますが、培養ができないため、食品からの検出は現在でも難しいことに変わりはありません。ともあれ、このような高感度の検出法の採用によって、ウイルス性食中毒に素早く対応できるようになり、保健所や食品衛生監視員の方々のニーズに少しは役立てるようになったと思っています。

カリシウイルス(SRSV)の電子顕微鏡写真

 

 ウイルス性食中毒は国内では、ボツリヌス、フグ毒やO157のように死者が出るような重篤な疾患ではありませんが、発展途上国ではカリシウイルスやロタウイルスなどのウイルス性下痢症で死亡する子供が毎年100万人以上あることも事実です。今のところカキが悪者扱いされていますが、カキも汚染される被害者なのです。公共下水道などウイルスに対する対策もあわせて、環境を整備してゆくことが、これからの課題であると思われます。

ウイルス課 山崎 謙治

 


発行日:平成11年1月29日

編 集:大石、中村、山吉、桑原、東、味村

事務局:薬師寺 、渋谷(内線297)