地域住民に対する保健指導指標の開発

平成8年度 報告書

概 要

I. 新たな手法概念を取り入れた保健指導指標の開発
 1薬物、毒物、発がん性物質など環境中の化学物質に対する
個人差の指標解析
 2遺伝子多型と発がん物質感受性の関連の解析
 
II. 先端技術導入による検査法の開発
 1薬物代謝酵素遺伝子導入による発がん物質高感度検出系の開発
 2遺伝子導入技術を用いた高感度試験菌株による
環境発がん性物質のDNA障害検出への応用
 3血中レクチンの測定法の確立
 
III. 地域住民を対象とした健康調査
 1便の変異原性と食習慣との関係
 2血中レクチン(マンノース結合蛋白質)濃度の測定



I. 新たな手法概念を取り入れた保健指導指標の開発


I-1. 薬物、毒物、発がん性物質など環境中の化学物質に対する個人差の指標解析
 環境中には様々な化学物質が存在し、ヒトは食物、大気、水などを通じて、あるいはくすりの服用などにより、これらを摂取し、場合によっては重篤な疾病を引き起こすことが知られている。しかしながら、生体はこれら化学物質の侵入に対して有効な防衛手段を獲得している。なかでも、チトクロームP450 (以下P450あるいはCYP) を中心とする薬物代謝酵素群は、これら様々な化学物質(とくに脂溶性の高い物質)を体外に排泄させやすいような代謝物に変換(極性化反応と呼ばれる)する機能をもち、解毒反応の中心的役割を担っている。P450は複数の酵素蛋白からなり、それぞれの酵素は(低いながらも)基質特異性を有している。近年の研究から、ヒトの各P450酵素の量あるいは質には個人差のあることが指摘されている。しかしながら、これら個人差について系統的に調べた報告はほとんど見当たらない。化学物質の解毒機能に大切な役割を持つP450の個人差の実態を調べることは、今後のヒトの健康科学の追求のために必要である。今回、大きく分けて二つのテーマで研究が進められた。第一は、ヒトの各P450分子種の機能についてであり、二つ目が、化学物質の代謝で重要な肝ミクロゾームP450の個人差の研究である。最初に、ヒトのP450分子種(CYP1A1,CYP1A2,CYP1B1,CYP2B6,CYP2A6,CYP2C9/19,CYP2D6,CYP2E1,CYP3A4)についてそれぞれの酵素の薬物、毒物、発がん性物質の代謝における役割について、それらの基質特異性を調べた。次いで、日本人ならびに欧米人それぞれ30例から肝臓中のミクロゾーム画分を調製し、P450の総量と各P450分子種の量を調整した特異的抗体を用いて免疫化学的に定量した。併せてこれらP450酵素により行われる薬物・毒物・発がん性物質の代謝反応を測定し、P450の量と機能の両面から個人差、人種差の解析を行った。その結果、以下に箇条書きするような成果が得られた。@総P450の含量は欧米人(平均O.43nmo1/mg蛋白)が日本人(平均O.26nmo1/r蛋白)より高い値を示した。A各P450酵素含量を定量したところ、最も多い酵素はCYP3A4(総P450の約30%)で次いでCYP2C(約20%)の順であった。BCYP1A2(約13%)、CYP2E1(約7%)、CYP2A6(約4%)、CYP2D6(約2%)、CYP2B6(1%以下)についても量的な分布が明らかになった。C薬物・毒物・発がん性物質の代謝活性との総合的評価から、CYP2A6,CYP2B6,CYP2C,CYP2D6酵素には個人差だけでなく人種差の存在することが示唆された。DCYP1A2,CYP2E1酵素についても活性に人種差を示す結果を得た。ECYP1B1酵素の化学物質の酸化的代謝における役割ならびにmRNAの組織特異的発現の実態を初めて明らかにすることができた。

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I-2.遺伝子多型と発がん物質感受性の関連の解析
チトクロームP450酵素は、薬物や発がん性物質などの種々の化学物質の代謝に重要な役割を果たしている。われわれはヒト肝における主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4およびCYP2C酵素について、ヒト染色体上の遺伝子座位の決定ならびに遺伝子多型について検討した。CYP3A4,CYP2C8,2C9,2C10酵素遺伝子を蛍光in situ分子雑種法(FISH法)を用いて、高精度RならびにG分染法によりヒト染色体バンド上に直接的にマッピングし、その詳細な遺伝子座位の決定を試みた。その結果、CYP3A4遺伝子は第7番染色体q22.1に、CYP2C8,2C9,2C10遺伝子は第10番染色体q24.1にマッピングした。また、薬物に対する反応や発がん感受性に個人差や人種差を有することがよく知られていが、われわれはCYP2C19およびCYP2C9遺伝子について39名の日本人と45名の白人のDNAを対象に遺伝的解析を行い、変異の割合や多型の検出を検討した。CYP2C9遺伝子については4箇所の変異が知られている。解析の結果、Arg144/Cysのヘテロ型が白人で10名(22.2%)、Ile359/Leuのヘテロ型が日本人で3名(7.7%)および白人で3名(6.7%)に認められた。CYP2C19遺伝子ではエクソン4及び5の2箇所の突然変異が明らかにされている。エクソン5(m1)の解析の結果、変異型(ml/m1)は、日本人で4名(10.3%)、白人で1名(2.2%)であった。エクソン4(m2)の解析の結果、変異型(m2/m2)は、日本人で1名(2.6%)、白人では認められなかった。エクソン4、エクソン5双方ともにヘテロ接合体をもつ遺伝型(m1/m2)が日本人で2名(5.1%)に認められた。本研究によって、CYP2C19遺伝子多型に、日本人と白人とのあいだに明確な人種差のあることが示された。

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II. 先端技術導入による検査法の開発


II-1. 薬物代謝酵素遺伝子導入による発がん物質高感度検出系の開発
 ニトロアレーンや芳香族アミンなどの発がん物質を高感度に検出できる試験株を開発する目的で、まず、サルモネラからクローニングしたニトロ還元酵素(NR)およびアセチル転移酵素遺伝子(O-AT)および両遺伝子をプラスミドベクター(pACYC184)にサブクローニングして、3種類のキメラプラスミドを構築し、それらをumuテスト用試験菌株に形質転換法により導入して新しい試験菌株NM1011,NM2009,NM3009株を作製した。NRとO-ATを高めたNM3009株は親株の約5倍高いニトロフラゾンNR活性を示した。O-AT活性を高めたNM2009株は親株よりも約14倍高いイソニアチットN-AT活性と405倍高いN-OH-G1upー1 0-AT活性を示した。NR高産生株NM1011,O-AT高産生株NM2009、両高産生株NM3009、親株、NR欠損株NM1000およびO-AT欠損株NM2000を用いて17種類のニトロアレーンと20種類の芳香族アミンに対する感受性をumuC遺伝子発現(βーガラクトシダーゼ活性)を指標にして比較検討した結果、NRとO-AT遺伝子を導入することにより両活性を高めた試験菌株NM3009は、微量のニトロアレーン類の発がん物質を検出できること、またO-AT遺伝子を導入してO-AT活性を高めたNM2009株は、芳香族アミンを迅速かつ高感度で検出できることが明らかになった。

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II-2.遺伝子導入技術を用いた高感度試験菌株による環境発がん性物質のDNA障害検出への応用
環境中に存在する発がん性物質・変異原性物質の多くは、DNA障害性を発揮するためには生体内の薬物代謝酵素による活性化が必要であり、これらの物質の検出のためにAmes法が1975年から用いられてきた。1985年、SOS反応のひとつであるumu遺伝子発現を指標としたumu法が開発された。この試験法は環境中の発がん性・変異原性物質の検出だけでなく、発がん性物質の代謝的活性化を研究する上で極めて有用な方法である。本法の長所として、被験物質、酵素液などの特別の滅菌操作をせずに実験が可能であること、また全体の作業時間が短い点があげられる。最近では、umu法の試験菌株S.typhimuriumTA1535/pSK1C02内にアセチル転移酵素、ニトロ還元酵素、グルタチオン転移酵素などを導入した新規な菌株も開発されており、より高感度な検出系としての有用性が高まっている。本研究では、これらの高感度検出系の応用面での評価とこの検出法を用いることにより、発がん性物質の代謝活性化経路の推定や活性化反応を主に触媒する代謝酵素の検索などへの応用例についてのまとめを行った。

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II-3.血中レクチンの測定法の確立
血中レクチンのうち特にコレクチンの存在量を測定し、これが健康指標の一つとなるかどうかを検討するため、血中レクチンの中の主成分であると考えられているマンノース結合蛋白質の濃度の測定法の確立を試みた。そのため、リコンビナントレクチンを作成し、これを用いてリコンビナントレクチンに対する抗血清を作成した。この血清を用いて、マンノース結合蛋白質濃度測定のためのサンドイッチ酵素抗体法の検討を行った。その結果、3〜200ng/m1の濃度のマンノース結合蛋白質の定量が可能であることがわかった。

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III. 地域住民を対象とした健康調査
III-1.便の変異原性と食習慣との関係
 大腸がんの発生率増加に対する対策としては、適正な食生活を送るとともに、発がん物質の体内への侵入を抑えることが重要である。そこで、地域住民を対象として、食物摂取状況および、発がんのイニシエーターと考えられている便の変異原性を調べ、食事と便の変異原性の強さとの関係を調べた。また、便の金属含有量も調べた。その結果、以下のことが明らかとなった。
1.便の変異原性はS9(十)に比べてS9(一)で高い傾向にあった。年代別では、40才代で高く、60才代で低い傾向にあり、この傾向は、特に、S9(十)ではっきりしていた。また、S9(一)で21.9%、S9(十)では5.7%の者が変異原性の強さが陰性対照の2倍以上の値を示し、変異原性陽性と判定された。
2.卵、魚、乳、肉、海草、砂糖の摂取量と変異原性との間に相関関係をうかがわせる結果が得られた(r=O.19〜O.14)が、食事・栄養と便の変異原性の間に明確な相関関係を示した食品はなかった。また、菜食型、魚食型群ではS9(十)の変異原性は低いものの、S9(ー)で高く、一方、肉食型群ではS9(十)で高く、S9(ー)で低値を示した。肉と乳摂取の関係では、乳はS9(一)の変異原性の低下に寄与するものの、S9(十)の変異原性はたかまった。緑黄色野菜、海草の摂取は目立った効果は見られなかった。
3、測定した8種類の金属(Ca,Cu,Fe,K,Mg,Mn,Na,Zn)のうち、Zn、Feが変異原性(S9(十))と正の、また、Naが負の相関関係を示した。
 以上の結果は、年齢と共に食の嗜好が変化し、高齢者では肉など代謝活性化により変異原性を表す食物の摂取が減少していること、便量の少ない者では変異原の濃度がより高くなっていることを示唆するものである。

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III-2.血中レクチン(マンノース結合蛋白質)濃度の測定
 血清中のコレクチン濃度と健康の関係を調べ、コレクチン濃度が健康の指標となるかどうかを検討した。そのため、農業、自営業、報道関係者 計141名の血清中のマンノース結合蛋白質濃度の測定を行った。その結果、マンノース結合蛋白質濃度は3.Oμg±3.98μg/mで、此の結果は、他の複数の研究者の結果に比較してやや高く、また、標準偏差もやや大きい値であった。次に、血清中のマンノース結合蛋白質濃度の経時変化を調べた結果、測定日時が異なるとマンノース結合蛋白質濃度も異なることが判明した。これらは、血清中のマンノース結合蛋白質濃度およびその増減が外的要因に強く影響されることを示唆するものである。さらに、血清中のマンノース結合蛋白質濃度の変化の要因について検討し、マンノース結合蛋白質濃度は適度な身体的、精神的ストレスにより最大になることを示唆する結果が得られた。



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