平成9年度 地域保健推進特別事業
発がん性物質感受性を指標とした
ハイリスク者調査


報告書 概要
平成10年3月

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要  約

 環境条件や生活様式の変化に伴い、いわゆる生活習慣病に対する対策が重視されてきている。生活習慣病の予防対策としては、健康診断による早期発見、早期治療だけでなく生活の改善による一次予防がその基本と考えられる。しかしながら、同じような生活をしていても健康を害する者とそうでない者がおり、これら個人差も健康を考える上で重要な要素であることが指摘されている。当所では、これまでがんを始めとする生活習慣病予防の観点から、発がん物質など環境中の化学物質に対する感受性の違い(個人差)を考慮した健康指標あるいは検査法の開発を進めてきた。本年度は、個人差の要因を明らかにすると共に、大腸がんなどに対するハイリスク者発見のための新しい健康指標(個人差あるいは感受性の指標)およびそれに関連した検査法の開発・改良を目的として、研究を実施した。また、検査法の実用化をはかるため、モデル地区住民あるいは調査協力者を対象に、これらの検査法や健康指標の試行を行い、その実用化の可能性を検討した。


1.先端技術や新しい概念を取り入れた検査法の開発
 1.グルタチオンS-転移酵素遺伝子を導入した試験菌株の開発
分担研究者:小田美光
 2.環境中のハロゲン化炭化水素の遺伝毒性の検出
分担研究者:山崎浩史
 3.血中肺サーファクタント蛋白質D濃度の測定
分担研究者:鈴木定彦
 
2.個人差(感受性)を指標とした健康指標の開発
 1.発がん物質代謝に関係するヒトのチトクロームP450酵素の個人差とリスク評価
分担研究者:島田力
 2.遺伝子多型と発がん物質感受性の関連の解析
分担研究者:井上清
 
3.地域住民を対象とした健康調査
 1.大阪府下モデル地区住民の食習慣と便の変異原性に関する調査
分担研究者:中村清一、小坂博、赤坂進、宮島年男、堀伸二郎


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1)先端技術や新しい概念を取り入れた検査法の開発

 1.グルタチオンS-転移酵素遺伝子を導入した試験菌株の開発
 環境中には微量の、しかし多種類の、発癌性物質が含まれている。これらを検出するためには高感度の検出系の開発が望まれている。そこで、微量の発癌性物質を検出するための高感度検出系の開発を試みた。本年度は、ラットグルタチオンS-転移酵素(GST)遺伝子を導入した試験菌株NM5004を新たに作成し、ハロゲン化炭化水素やエチレンオキシド誘導体の代謝的活性化、ならびにP450酵素による代謝過程で生じた種々の発癌性物質の活性代謝物の不活性化について検討した。その結果、エチレンジブロマイド、1-ブロモ-2-クロロエタン、1,2-ジクロロエタン、メチレンクロライドは、親株よりもGST高産生株の方が強い反応を示した。また、4-ニトロキノリン1-オキサイド、およびN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジンは、両菌株でほとんど同じ程度の反応を示したが、1-ニトロピレンと2-ニトロフルオレンの場合は、逆に、親株の方がNM5004株よりも強い反応を示した。また、GSTの基質である1,2-エポキシ-3-4'-ニトロフェノキシプロパンは、1-ブロモ-2-クロロエタンによるumuC遺伝子誘導を抑制した。

 2.環境中のハロゲン化炭化水素の遺伝毒性の検出
 今回開発した前記、NM5004 株を用いて、29種類のハロゲン化炭化水素化合物の遺伝毒性を調べた。その結果、18種類の化合物に遺伝毒性を検出した。これらの結果は、一部の例外を除き、Ames試験の結果と一致するものであった。また、P450酵素により生成するマイコトキシン、芳香族炭化水素及びアリルアミンの活性エポキシド類は、遺伝的多型が注目されているGSTによっても不活性化されることが示唆された。これらの結果から、今回開発したNM5004株は、GSTによって代謝される環境中の化学物質の遺伝毒性の評価に利用できることがわかった。

 3.血中肺サーファクタント蛋白質D濃度の測定
 ヒトコレクチン(コレクチンは動物レクチンの総称)にはマンノース結合蛋白(MBP)、サーファクタント蛋白A(SP-A)およびD(SP-D)が報告されている。これまでに、MBPはMASPと呼ばれるセリンプロテアーゼと共同して補体第2経路を活性化すること、およびウイルスに結合してこれを中和する機能を持つことが明らかにされている。またSP-Aが抗酸菌の肺胞マクロファージへの結合を亢進することも明らかにされている。最近、コレクチンの抗酸菌感染防御における役割が注目されているが、コレクチンの存在量が健康指標となるかどうかを検討した。さらに、健康指標として応用することを目的として、肺サーファクタント蛋白質Dの血清中の濃度測定系の構築を試みた。今年度は、このうち、肺サーファクタント蛋白質D定量のためのサンドイッチELISA法を確立し、この系を用いてヒト血清中の肺サーファクタント蛋白質Dの定量を行った。また、肝臓で生産され血液中に存在するマンナン結合蛋白質の定量も行い両者の比較を行った。しかし、これらの指標と喫煙量との間には相関性のないこと、また、肺サーファクタント蛋白質Dの濃度とマンナン結合蛋白質の濃度の間にも相関性が見られないことが判明した。これは非喫煙者においても各々の指標が広範囲に渡って分布していたことが原因ではないかと考えられる。しかし、今回の結果は、サンプリングになんらかの問題がありバックグラウンドが上昇していたことも考えられ、また、喫煙は肺サーファクタント蛋白質Dの合成になんら影響を与えなかったことも推測される。


2)個人差(感受性)を指標とした健康指標の開発

 1.発がん性物質の代謝に関与するヒトのチトクロームP450酵素の個人差とリスク評価
 ヒト肝ミクロゾームには複数のP450酵素が存在し、発癌性物質などの酸化的代謝に基質特異性をもって働いている。また、ヒト肺のP450酵素は、環境中の化学物質暴露に対して最前線に位置する重要な酵素である。そこで、ヒト胎児肝ミクロゾームP450酵素ならびにヒト成人肺ミクロゾームについて個人差と酵素の発癌性物質等の代謝への寄与を調べ次のような結果を得た。 @胎児肝ミクロゾームには、CYP3A7及びCYP1A関連酵素が存在する。他のP450酵素の存在の可能性もある。 ACYP3A7酵素の薬物酸化活性は、CYP3A4より弱いものと考えられる。 B成人肺ミクロゾームには、CYP1A1酵素が存在する。CYP2C, CYP2E1、CYP3A4酵素も存在するが、発現量に個体差がある。 C胎児肝ミクロゾームには、Benzo[a]pyrene-7,8-diolやTrp-P-1を活性化する酵素があるが、反応に関与する酵素は未同定である。
 今回の研究でヒト胎児肝ミクロゾーム中にCYP3A7ならびにCYP1A関連酵素の存在することが明らかになった。両酵素とも発癌性物質の代謝に重要な機能をもっており、前者は、発癌性のアフラトキシン、ステリグマトシスチンなどのマイコトキシンの代謝に、後者は環境中の発癌性芳香族多環炭化水素の代謝に活性をもっている。両酵素とも発現量に個体差がみられた。これは発癌物質感受性に関わるものであり、今後注目すべきものである。ただ、今回の実験ではサンプル数が少なく、さらに検討する必要がある。

 2.遺伝子多型と発がん物質感受性の関連の解析
―ヒトCYP2C18及びCYP2C19遺伝子多型の頻度の連関―
 同じように化学物質の曝露を受けてもその影響をうける人と、全く、受けない人があるなど、化学物質に対する感受性に、いわゆる個人差があることが知られている。近年、その要因が遺伝子レベルで解明されてきた。その中で、薬物、発がん性物質などの化学物質の代謝に関与するP450遺伝子の遺伝的多型があげられる。今年度は、薬物治療において重要な役割を果たすCYP2C酵素の中でも、特にCYP2C9、CYP2C19及びCYP2C18遺伝子における日本人と欧米人の個人差及び人種差を明らかにすることを目的として、日本人39例と欧米人45例について研究を実施した。その結果、抗てんかん剤メフェニトインの水酸化反応等に関係するCYP2C19遺伝子とCYP2C18遺伝子が互いに連関していることが明らかになった。また、この結果から、両遺伝子は染色体上でも大変接近して位置していることが予想される。


3)地域住民を対象とした健康調査

 1.大阪府下モデル地区住民の食習慣と便の変異原性に関する調査
 食物として体内に侵入した変異原や体内で生成された変異原は便となって体外に排出される。その過程で、便に含まれる変異原は大腸の粘膜細胞の遺伝子に作用して細胞をがん化することが推測される。そこで、大腸の粘膜細胞に対する変異原物質の曝露程度予測のため、大阪市近郊に住む健康な男女住民199名の食習慣と便の変異原性との関係を調べた。便の変異原性は男子40才代で高く、男子50才代以上で低い傾向にあった。女子では年令による違いは見られなかった。便の変異原性の強さが陰性対照の2倍以上の値を示した者(陽性反応者)は、S9(-)で23人、S9(+)で11人であった。変異原性陽性反応者の占める割合は、女子に比べて男子で高かった。食事調査の結果より算出した食品群および栄養素のうち、摂取量と便の変異原性との間に明確な相関関係を示したものはなかった。喫煙量と便の変異原性の間に相関関係を予想させる結果が得られたものの、非喫煙者群も高い変異原性を示すものが見られた。また、大腸がんに対するハイリスク者の便の変異原性を測定するため、便の収集を開始した。

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