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新型インフルエンザ対策

 新型インフルエンザ対策で重要な点は、その規模や致死率を予測することは困難であるが、個人防衛と共に社会機能の損失をできるだけ最小限にすることである。そのためには、わが国において流行初期段階で迅速な診断、隔離、適切な化学療法、有効な感染防止策を用い、パンデミックワクチンの産生が完了するまで、第1波の流行を最小限に抑制することである。そして、現在、各地域において実効性のある具体的対策を早急に確立する必要がある。

大阪府感染症情報センター長
 高橋 和郎

1.はじめに

 1997年に香港でA/H5N1亜型インフルエンザウイルスによる家禽のトリインフルエンザが勃発し、ヒトで初めて感染鶏からの感染(致死率30%)が報告された。その後、2003年12月より再びアジア、特にベトナム、タイでH5N1トリインフルエンザのアウトブレイクが起こり、ヒトへの感染が認められ、2005年からインドネシア、中国さらにユーラシア大陸からアフリカまで拡大し、2008年4月30日現在、世界10カ国で382人の発症、うち 241人の死亡(致死率63%)が報告されている。ヒトへの感染例が増加するにつれ、ウイルスがヒトでの感染、増殖により適応する遺伝子変異が認められてきており、パンデミック(大流行)の勃発が非常に危惧されている。平成17年12月には厚生労働省が90ページにもおよぶ「新型インフルエンザ対策行動計画」をまとめた。詳しくはhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.htmlを参照されたい。ここでは、新型として最も危惧されるH5N1ウイルス感染症について解説し、そのパンデミックへの対策とその問題点について中心に考えてみたい。

2.新型インフルエンザとは

 人類は過去1世紀に3回パンデミックを経験している。H1N1によるスペインかぜ、H2N2のアジアかぜ、H3N2の香港かぜである。スペインかぜウイルスはウイルスのすべての分節遺伝子8本がトリインフルエンザウイルス由来と考えられており、ヒト細胞での増殖に適応している変異が認められている。現在のH5N1と異なり、スペインかぜ勃発の前に家禽や水禽(アヒル、カモなど)類でのアウトブレイクの発生はなく、ウイルスがどこから発生したかは謎である。アジアかぜ、香港かぜは、ともにトリインフルエンザウイルスとヒトのインフルエンザウイルスが、ブタの体内でそれぞれの8本の遺伝子が遺伝子交雑という8本の遺伝子がランダムに混ざることによって発生したと考えられている。トリとヒトのインフルエンザウイルスはそれぞれに特有のレセプターに結合し感染する。ヒトの下気道にはトリ型のレセプターが少しあることが最近判明し、また、トリ型ウイルスがヒト型レセプターに弱いながらも結合することがわかっている。現在のH5N1トリウイルスが新型ウイルスとなるためには、少なくともレセプターに結合するウイルスのヘマグルチニン(HA)がヒト型(ヒト型レセプターに結合する)に変異し、増殖能を獲得する必要があると考えられているが、HAにどのような変異がさらに必要か不明である。 これら3回の新型インフルエンザはすべて弱毒型のトリインフルエンザウイルスに由来しており、現在非常に危惧されている今の強毒型が変異し新型となった場合を私たちは経験しておらず、出現した場合全身感染を起こし、トリインフルエンザウイルスによるヒト感染症と同等な高致死性を示すのか、従来のヒトインフルエンザのように呼吸器感染症を主体にするのか予測は非常に困難である。よって最悪のシナリオも考慮に入れながら対策をとる必要があると考える。

3.ヒトにおけるH5N1ウイルス感染症

 上述のようにパンデミックとなるであろうH5インフルエンザの病態の予測は困難であるが、現在明らかとなっているヒトH5N1ウイルス感染症はどのような特徴をもつのか? ベトナムとタイでの報告によると、それぞれの臨床像は類似しており、ベトナムでの10例の感染症例の特徴は、1)ほとんどの症例で感染鶏と接触したのち、平均3日で発症している。2)発熱、咳、呼吸促迫を認め、急速に肺炎に進行し、発症から平均6日で入院し、平均9日目で死亡している。3)70%の患者に下痢を認め、便中にウイルスが存在する。鼻汁、咽頭炎、結膜炎、の所見は認めない。4)全例胸部X線で肺炎像を認める。 5)リンパ球数減少100%(タイでは60%)、血小板減少90%(同33%) 6)ウイルス血症(ウイルスが血液中に検出される)、高サイトカイン血症(サイトカインストーム)を認める 7)致死率 80%。8)分離ウイルスはアマンタジン耐性である。9)オセルタミビルは使用開始が遅いこともあり効果は不明 10)迅速診断キットでは検出されない場合が約80%ある。 この時、タイの症例ではウイルスがヒトからヒトへ感染する、ヒト→ヒト感染が強く疑われる例があり、また、2006年4月にスマトラ島では、ヒト→ヒト→ヒトと感染が2度認められた血縁者間の集団発生が報告された。このヒト→ヒト感染には、通常のヒトインフルエンザに比較して感染者との濃厚な接触(長時間の看病など)を必要とした。WHOは2006年8月、これらの報告も考慮し、各国からの感染症例の報告を統一するために「H5N1ウイルスのヒト感染症例の定義」を作成した(邦文訳がhttp://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/62who24cased.htmlに掲載されており参照されたい)。それによると(詳細は上記参照)、おもなH5N1の疑い例の定義は、「38度以上の発熱および咳、息切れ、または呼吸困難を伴う、原因不明の急性の下気道症状を呈する者」および、次のうち1つ以上の暴露が発症前の7日以内にあること: 1.H5N1疑いあるいは確定例との密接な接触、2.H5N1感染が疑われる家禽、野鳥、ネコ、ブタやその死骸、糞への暴露や汚染地域での家禽の肉の消費 となっている。確定例は、これらを満たしかつウイルス学的に同定(分離、PCRによる遺伝子検出、中和抗体の有意な上昇)されたものである。これらの感染例がすべてWHOに迅速に正確に報告されることになり、今後、この疾患の進化とパンデミックウイルスの発生リスクの双方を迅速にモニターすることが可能となる。

4.新型インフルエンザ対策行動計画

 平成17年5月、 WHOは「WHO世界インフルエンザ事前対策計画」を策定し、これに準じてわが国は同年12月、「新型インフルエンザ対策行動計画」を策定した(詳細はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/03.htmlを参照されたい)。この計画では、新型インフルエンザの発生段階について、前パンデミック期からパンデミック期まで6段階のフェーズに分け、また、国内非発生をA, 国内発生をBと細分化している。そして、各フェーズの活動内容を計画と連携、サーベイランス、予防と封じ込め、医療、情報と共有の5つに分類して、総論的な内容で策定している。流行規模の想定についてはアメリカのCenter for Disease Control(CDC)の推計に基づいて、全人口の25%が罹患した場合、受診患者数は約1,300〜2,500万人、入院患者数約53〜200万人、死亡者数約17〜64万人と推定されている。さらに、厚生労働省は、2008年3月に、より具体的な新型インフルエンザ対策についてのガイドラインを策定し(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/)これをもとに、現在、各都道府県はパンデミックに備え医療提供体制の確保について、医療関係機関とともに具体的な体制作りに取り組んでおり、トリインフルエンザや患者発生を想定した擬似訓練を行っている。大阪府では、平成17年12月に「大阪府新型インフルエンザ対策行動計画」を策定し、さらに現在より具体的な対策のシステム化を進めている(http://www.pref.osaka.jp/chiiki/kenkou/kansen/shin-infu/)。特に、パンデミックウイルスがわが国へ侵入した時、早いスピードで周辺へ流行が拡大するであろうが、初期段階において、困難ではあるがいかにできるだけ封じ込め、被害を最小限にとどめるかが鍵となる。そのためには、各地域での疑い患者を診療、入院治療する医療機関の選定と診療体制の詳細な準備について早急に計画が進められている。さらに、厚労省は2008年5月鳥インフルエンザウイルス感染症を2類感染症に規定し、国内での患者発生時に備え、迅速で的確な入院治療など十分な対策を行えるように準備している。

5.新型インフルエンザの我が国への想定される侵入経路とそれに対する対策

 最も可能性が高い経路は、ヒト→ヒト感染によるクラスターが地域レベルで広がり、パンデミックとなるであろうと危惧される地域(東〜東南アジア地域と推定されている)からヒトを介して日本に侵入する経路であろう。鶏での高病原性トリインフルエンザが再び日本で勃発しても、現在の危機管理体制では、2004年の前回と同様に封じ込めに成功するであろう。したがって、日本国内で高病原性トリインフルエンザウイルスがパンデミック型のウイルスに変異し、大流行する可能性は非常に低いと考えられる。パンデミック型が世界のある地域で発生したとき、WHOは人員と大量の抗ウイルス剤を投入し、隔離政策と抗ウイルス剤による治療と予防内服で封じ込めに専念し、その拡大を少しでも抑制する計画である。このときわが国では、発生地域との間の渡航の自粛、禁止を迅速に行い、また、発生地域からの入国者の健康状態に対する厳重なモニタリングが必要である。つまり、入国時に発熱を認める人に対して迅速な診断と治療を行い、必要な場合は感染症指定医療機関で隔離する。異常のない人に対しても発熱などが出現したときに受診すべき医療機関の情報などをインターネット上で公開しておく必要がある。入国後症状が出現した人に対しても、指定された医療機関で迅速な診断と治療を行い、2次感染の拡大を最大限抑制する必要がある。大阪府立公衆衛生研究所では、一昨年、H5などのトリ由来インフルエンザウイルスを特異的に10分で検出する迅速診断法を開発した。この方法はヒトのインフルエンザウイルスには反応せず、感度も現在臨床で使用されている診断キットとほぼ同等であり、特にわが国へパンデミックウイルスが侵入してきた初期の時期には威力を発揮すると考えている。このような対策を講じることにより、パンデミック用のワクチンが製造され普及するまで、できるだけ流行の拡大を時間的に抑えることが重要である。

6.新型インフルエンザ対策―抗ウイルス剤による治療と予防

 新型インフルエンザの感染疑い例に対して、オセルタミビルかザナミビルで迅速に治療を開始することが重要である。ザナミビルは下気道にも有効濃度の1000倍以上の極めて高い濃度で存在し、耐性ウイルスが非常に出現しにくく、H5N1ウイルスにも有効な薬剤である。しかし、大量生産が困難で、政府の備蓄目標量は70万人分でしかない。オセルタミビルでの治療方法は通常の75mg 1日2回、5日間となっており、政府は2500万人分を備蓄する計画である。しかし、専門家の間では、この方法では不十分で倍量の150mg 1日2回、8日間は必要ではないかという考えのほうが優勢である。その理由は、1)H5N1患者では、投与開始が遅いが、5日内服でも症状の著明な改善がなく5日以上服用している。2)マウスでのH5N1感染実験では75mg 1日2回、5日間に相当する薬剤量では効果が不十分であり、150mg 1日2回、8日間必要であるという成績がある。3)通常の治療量はH3,H1などに基礎免疫のある人に対しての量であり、人はH5に対しては免疫を持たない。現在、H5N1感染症の治療方法のガイドライン作成のための臨床研究が開始されたが、ヒトでの感染者が必要であり年月を要する。便宜的な治療のガイドラインと早急な備蓄体制の再検討が必要である。オセルタミビルで治療されたH5N1患者でオセルタミビル耐性ウイルスは出現しているが、その流行や病原性の強化の報告はない。しかし、耐性ウイルスが出現する可能性も念頭に置き、また、有効な治療量についても不明な点があり、その効果を判断しながら治療にあたる必要がある。医療従事者や感染者の家族など暴露を受けた人に対する予防内服についても、対象者の選択、内服量、期間、費用負担(医療保険外)など解決すべき問題点が多い。パンデミックの発生からワクチンの生産までの約6か月の間、抗ウイルス剤を有効に使用し、国内での流行を最小限にとどめることが最も求められる。

7.新型インフルエンザ対策―ワクチンによる予防

 英国国立生物学的製剤研究所(NIBSC)はベトナムの患者由来株であるA/Vietnam/1194/2004(H5亜型を10グループに分けたうちの1群、クレード1と呼ぶ)からリバースジェネティックス法という方法で弱毒化したNIBRG-14株を作製した。国内ワクチンメーカー4社がこのウイルスから不活化全粒子ワクチン(アルミアジュバント添加)を作製し、臨床試験が行われた。第1相試験の結果では、かなりの被接種者でワクチン株に対する十分な抗体が誘導された。2007年にワクチンとして承認され、現在、約1000万人分を備蓄している。このワクチンをプロトタイプワクチンと言い、パンデミック発生時には、パンデミックウイルスのヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種の遺伝子を、プロトタイプワクチンのそれらと入れ替え、迅速に生産する計画で、いわば暫定的なワクチンである。しかし、このアルミアジュバント添加ワクチンはクレード2の株(インドネシアや中国福建で分離された株、WHOはパンデミック株となる可能性が高いと推定している)に対しても交差免疫を誘導する可能性がある。それゆえ、ヒト→ヒト感染が増加してきているフェーズ4の状態になれば、パンデミックに備えライフラインの維持担当者(医療、警察、消防、公共交通従事者など)へ優先的に接種し、効果が期待されるパンデミックワクチンまでのつなぎとすることが検討されている。医療関係者はプロトタイプワクチンにより部分的な免疫を獲得し、抗ウイルス剤を用いて患者を治療し続けることになる。

8.医療機関における対策

 国内でパンデミックが拡大していくごく初期の段階では、地域ごとに指定された医療機関で診療を行うのが妥当であろう。院内での感染防止に当たっては、通常のインフルエンザに対する防御対策に準じ、標準予防策を基本として飛まつ、空気、接触感染予防策をふくめたマニュアル作りが必要である。具体的には1)専用の外来診察室の設置 2)患者および患者と接するスタッフはマスク(外科用でよい、CDC)を着用する。3)治療はノイラミニダーゼ阻害薬の早期内服 容量と期間は検討事項 4)手洗いとアルコール消毒の励行、医療機器や器具は滅菌あるいはアルコール消毒、紫外線照射でウイルスは十分殺菌される 5)スタッフへのプロトタイプワクチンの接種と予防的抗ウイルス剤の服用 について重点を置く。 流行がさらに拡大すると、指定病院以外の多くの医療機関が対応することになるが、その場合、インフルエンザ専用病院や逆にインフルエンザを診療しない病院の分別が必要となり、他疾患の入院患者の移動などが問題となる。また、抗ウイルス剤の配分方法も問題で柔軟で細部にわたる対策が必要となってくる。

9.おわりに

 次の新型=パンデミックインフルエンザはH5のほかH9, H7亜型の可能性もあり、引き続き警戒が必要である。パンデミックウイルスがわが国で出現すると封じ込めは完全には不可能で、感染拡大のスピードを最小限に抑える柔軟で、実効性のある対策を早急に確立する必要がある。2008年 厚生労働省は新型インフルエンザ対策室を立ち上げ担当官を増員した。感染防御あるいは重症化抑制に対して効果的な方法は、効果のあるワクチンをいかに十分な量を早く作製するかという点と治療効果のある抗ウイルス剤による治療であろう。特にこの点について国家レベルでさらに対策が推進されることを望みたい。

大阪府感染症情報センター